名倉潤の悲劇は他人事ではない…日本の慢性痛医療の知られざる事情

ヘルニア=慢性痛という大いなる誤解
木原 洋美 プロフィール

慢性痛は単純じゃない

名倉氏の件については、同じく慢性痛のスーパードクターとして名高い横浜市立大学付属市民総合医療センター・ペインクリニックの北原雅樹診療教授も首をかしげる。

 

「(名倉さんについては)私も情報を集めてみましたが、2つの大きな疑問を持ちました。第一に、 手術の適応が明確にあったのか? 頸椎の手術は、いくら侵襲が少ない術式であっても上手くいかなかった場合の影響が大きいので、脊椎専門の外科医の多くも躊躇することが多いです。痛み・しびれという症状に対して責任を持っている病変に対応した神経所見(痛みやしびれではなく、麻痺や運動障害など)があることが極めて重要でしょう。

頸椎椎間板ヘルニアで手術が適応となるのは、痛みやしびれではなく、四肢の麻痺や運動障害がある場合です。多くの方が痛みやしびれで医師を受診するのは事実です。しかし、プロならば、特に初期で影響が小さい場合には患者さん自身も気づいていないような感覚の異常や麻痺、運動障害などの有無を丁寧に探っていく必要があります。

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第二に、合併症はなかったのか? 手術の侵襲のせいでうつ症状を来したというのは本当なのでしょうか。私の患者さんには、うつ症状などがもともとあり、『身体化』(身体的症状が出ること)として一見、頸椎からと思われる症状が出ていたという方が少なくありません。身体化は様々な心理社会的要因で起こりえます。うつ症状としてはもちろんですが、一見しただけでは医師でもよくわからない(時には専門の精神科医や心療内科医でも難しい)、発達障害、軽度の精神発達遅延、軽度認知障害などを基礎とした適応障害にも起こります。

そうした患者さんたちは、私のところへ来る前に名倉さんのように手術を受け、『頸椎の“病巣”を“治した”のによくならない。執刀医は、手術は上手くいってヘルニアはきれいに取れた。まだ痛むとしたら、それは手術の侵襲か、あなたの心の問題だろう、と相手にしてくれない』と言うのです。もともとのうつ症状が前面に出てきてしまう場合もありますが、リスクを取ったのに症状が軽快しないことへの自責感、将来への不安、医療者の心無い言葉、などからうつを発症する場合もあります。

慢性痛は急性痛と違い、複雑な要因が絡み合って起きてきます。単純に、出っ張ったヘルニアを切除して、神経を圧迫から解放すれば治る、というものではありません。
整形外科の先生方は、やはり切ることが好きなので外科系を選んだので、心理・社会面のことに気を回す方は、あまり多くはありません」