100兆個以上!「おなかの中の花畑」は、我らを支えるパートナー

「腸内フローラ」は巨大パワーの小宇宙
清水 修, ブルーバックス編集部

ひとつは「なぜ、人間にとって異物である腸内細菌が免疫で攻撃されないのか?」ということ、もうひとつは「腸は人間と腸内細菌が仲良く共生しているところなのに、なぜ、炎症性腸疾患のような現象が起こってしまうのか?」ということ。

「実は、その2つの質問は、腸の内部にある『上皮細胞』というものが大きく関係してくるのです。上皮細胞というのは消化管の内側の表面にある組織で、食べ物を消化する酵素を分泌する機能と消化して作った栄養素を吸収する機能を備えています。

そもそも……免疫細胞の根本的な原理は、侵入してきた『異物』を認識して反応を起こして排除するというものです。

腸内細菌は『異物』ですから、免疫細胞は認識すれば反応します。たとえ病原菌でなくてもです。それなのに、健康な状態の腸では免疫細胞が腸内細菌を攻撃することはありません。これは免疫細胞がいるところと腸内環境の間を上皮細胞が仕切って免疫と異物をきれいに分けるバリアになっているからであろうと思われます。

ところが、炎症性腸疾患という病気はおとなしくしていた免疫細胞が暴走を始めて自らの身体を攻撃してしまいます。『暴走のきっかけは、上皮細胞のバリアが破られて免疫と異物(腸内細菌)が接触してしまうことなのではないか』。これが炎症性腸疾患の原因として考えられる第一の仮説です。

もうひとつの仮説は『腸内細菌を攻撃する免疫細胞はリンパ組織や免疫組織にいる細胞で、消化管にいる免疫細胞は腸内細菌に遭遇しても攻撃しないのではないか』という仮説です。

そのような仮説を立てて、私は炎症性腸疾患をひとつの標的として研究を続けてきました。今日は研究によって得られた成果をご紹介したいと思っています」

竹田教授の研究成果をうかがう前に、まずは「炎症性腸疾患」という病気について説明しておこう。

炎症性腸疾患は人間の免疫システムが異常をきたして、自分の免疫細胞が自分の腸の細胞を攻撃し、炎症を起こしてしまう病気である。この病にかかった患者は慢性的な下痢、血便、腹痛などの症状で苦しむ。

「そもそも、病気というものは、宿主(人間)側の分子や細胞が異常になって起こるケースと、感染症などの外部要因によって身体の恒常性が破綻するケースという、2つの要因があります。

私たちが研究対象としている炎症性腸疾患である潰瘍性大腸炎の原因は、先ほどお話しした仮説、『上皮細胞のバリア』に破れがあるのではないかと思っています。

ただ、上皮細胞のバリアに異常がありすぎると、上皮細胞は死んでしまうので、死ぬほどではない微妙な異常がある箇所があって、その中でもっとも腸内細菌が多い箇所で病気が発生し、広がっていくのではないかと考えています」

潰瘍性大腸炎の最新研究

消化管の上皮細胞はすべて粘液でおおわれている。

特に、膨大な数の腸内細菌がいる大腸はきわめて分厚い粘液層におおわれている。この分厚い粘液層は「内粘液層」と「外粘液層」という2つの層に分かれており、マウスなどで腸内細菌の侵入の度合いを調べてみると、外粘液層までは腸内細菌が侵入してきているが、内粘液層には腸内細菌が入ってきていないことが分かったという。

腸管上皮腸管の管腔は、さまざまな腸内細菌で満たされる菌のパラダイスだ。しかし、彼らが腸内のバリアを破って粘膜固有層に侵入しようとしても、腸管上皮細胞に阻まれほぼ不可能だ

つまり、「内粘液層の存在によって、腸内細菌と宿主は完全に隔離されている」と言えるのである。

「今まではこの上皮のゼリー状の粘液があると物理的に腸内細菌が阻まれるのではないかと考えられてきました。しかし、私は『他にも根本的なメカニズムが潜んでいるのではないか』と考えました。

そこで、これはうちの研究室の奥村君(竹田研究室助教)の仕事になるんですが、彼は『大腸上皮に発現している分子が何かを担っているかもしれない』と考えて、大腸上皮に特異的に発現している遺伝子を探しました。

そして、『Lypd8』という遺伝子を見つけてくれたのです。Lypd8は胃、小腸、盲腸、大腸にのみ発現している遺伝子で、特に盲腸と大腸には強く発現していました」

ここから、「Lypd8とは何者なのか」という竹田研究室の探索が始まる。そして、潰瘍性大腸炎患者の腸の観察とマウスによる実験等によって、以下のようなことが次々に分かってきた。

【1】健康な人の大腸上皮にはLypd8が発現しているが、潰瘍性大腸炎患者の大腸上皮にはLypd8がほとんど発現していない。
【2】健康なマウスでは大腸粘液層に腸内細菌が侵入していないが、Lypd8を欠損させたマウスでは大腸粘液層に多数の腸内細菌が侵入していた。
【3】健康なマウスと比較してLypd8欠損マウスの大腸には「プロテウス菌」、「大腸菌」、「ヘリコバクター菌」の3つが多く存在していた。この3つの菌はよく移動する「運動性の高い菌」である。
【4】化学物質により、健康なマウスとLypd8欠損マウスに腸炎を発症させたところ、Lypd8欠損マウスは腸炎が重症化して死亡することが多かった。
【5】大腸粘膜層に侵入してきたプロテウス菌にLypd8分子(タンパク質)が反応した後に電子顕微鏡で観察したら、Lypd8はプロテウス菌の鞭毛(これによって運動する)と結合していた。
【6】Lypd8分子とプロテウス菌を入れた寒天培地とプロテウス菌のみを入れた寒天培地を比較したところ、Lypd8を加えた寒天培地ではプロテウス菌の運動が抑えられていた。

つまり、これらのさまざまな観察・実験から、大腸上皮に存在するLypd8分子は腸内細菌の鞭毛にくっついて運動性を弱め、免疫細胞がいるところへ腸内細菌が侵入するのを防いでいることが分かった。