病院へ拉致され「不妊手術」をされた元ヤクザ・小島喜久夫さんの絶望

「当たり前でしょ。障害者なんだから」
佐藤 光展 プロフィール

強烈な電気ショックで気絶

「ここはどこなんだ」。増田巡査部長は答えない。手錠をはめられたまま建物内を歩かされ、事務室に入れられた。

4、5人の男たちが集まって来た。後で知ったのだが、彼らは看護師と事務職員、そして病院の手先として使われていた優等生の長期入院患者だった。

椅子に座らされ、右腕に注射を打たれた。すぐに意識が遠のいた。

 

目覚めると、四畳半ほどの隔離部屋でせんべい布団の上にいた。金属の手錠の代わりに、今度は革手錠をはめられていた。

しばらくすると、「宮野」と言う名の看護婦長が小間使いの患者2人を引き連れてやって来た。使い込んだアルマイトの椀に入った米と汁物を小島さんの前に置いた。食事だという。

なんだか無性に腹が立ってきて、革手錠をはめられたままの手で椀をつかみ、宮野婦長に投げつけた。すると間もなく、頭に強烈な電流を流す電気ショック(現在も多くの病院が行っている電気けいれん療法の一種)の餌食となり、全身を痙攣させて意識を失った。うるさい患者を黙らせる目的で当時流行していた、懲罰電気ショックだった。

「大人しくしていないとまずい」。言い知れぬ恐怖を感じた小島さんは、怒りを抑えるようになった。すると今度は、患者7、8人を詰め込んだ畳敷きの大部屋に移された。そこの患者に教えられて、ここは精神科病院なのだと初めて知った。

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少年院ならまだしも、精神科病院に強制収容される理由はない。宮野婦長を呼び、尋ねた。

「俺は何で精神病院にいるんだ」

「あんたは精神分裂病で、障害者だからよ」

「俺が精神分裂病?」

わけが分からない。第一、この病院に拉致されてから医師の診察を一度も受けていないのだ。