ぎゅうぎゅうつめこんだら
子どもたちの「興味」が育たない

教科だけではありません。学校の中で、何のためにこの時間があるのかなと理解に苦しむものがたくさんありました。
例えば、学校行事です。必要なものももちろんありますが、放課後の課外活動でいいのではないかと思えるものも少なくありませんでした。
 
そんなふうにぎゅうぎゅう詰めの学校生活で、子どもは興味を持つための時間がない。やらされてばかりなので、自分で何をやりたいか考える余裕を与えてもらえないのです。

あまりにもたくさんのことを詰め込んでしまうから、自分のなかで消化できない。
「消化できない」は、理解できないことを指します。わからないのに教室にいるのはとても苦痛です。

様々な国や地域の子どもや大人と接するなか、ぼくは日本の教育は他の国に負けていると感じました。UNESCOに派遣されて韓国の教育を視察した時、ぼくは日本以上に詰め込み教育がエスカレートしているなと感じました。でも、視野は日本に比べ圧倒的に広く、その射程範囲は世界全てをレンジにしていました。日本は欧州にも、隣国の韓国にも負けていると感じました。

中国の小学校の授業の様子 Photo by Getty Images

そのことが、教師の能力が低いせいだとは思いません。教員時代に出会った人たちの多くは、力がある人ばかりでした。が、そういった力を出せない環境に置かれている。さまざまなことをスクラップせずにビルドし続けた結果、先生と子どもの活力を奪っています。
 
先生には、子どもの興味をすくい取ってサポートする余裕を
子どもには、好きなこと、興味を探す余裕を
その余裕が、彼らの輝く未来をつくるのです。