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金魚美術の世界は、かくも奥深い…百花繚乱の美しきモノたち

連綿と続く日本人と金魚の関わり

日本人と金魚のふしぎな関係

1997年刊行の『金魚と日本人』が、このたび講談社学術文庫の1冊として再刊されることになった。この本は、金魚飼育の実用書ではなく、中世以降の日本の金魚文化を追いながら、なぜ金魚がこれほど一般大衆の生活に浸透したのか考察したものである。

 

復刊を機に気づいたミスプリントを正し、金魚の系統図などの新しい図版を数点加え、さらに表紙カバーに金魚美術の作家深堀隆介さんの作品の素敵なカラー写真をお借りして面目一新、別の本のような華やかな外装に生まれ変わった。

その深堀さんだが、偶然にもかつて旧版でこの本を読んでくれていて、「金魚に対する考え方に感銘を受けた」とこの度の写真使用を快諾してくれた。折しもこの夏に(9月1日まで)三島の佐野美術館で彼の個展が開かれるのを知った。まるで本書の再版に合わせてくれたかのようなタイミングだ。

しかも佐野美術館は、静岡の小宅からさほど遠くもない。ご招待いただいたのをさいわい、その初日に、ちょうど来館される作家にお会いしてお礼の1つも申し上げようと出かけて行った。個展会場入口のポスターには「金魚絵師 深堀隆介展 平成しんちう屋〜行商編〜」と、あった。

「しんちう屋」とはなにか?

「しんちう屋」とは、江戸時代前・中期の貞享元禄年間に活躍した井原西鶴の遺稿『西鶴置土産(西くはくをきみやげ)』巻二(元禄6年・1693)に登場する金魚屋の屋号で、同書の本文にも「黒門より池のはたをあゆむに。しんちう屋の市右衛門とて、かくれもなき。金魚。銀魚を売ものあり。庭には生舟7,80もならべて。溜水清く。浮藻をくれなゐくぐりて。」と、わりと詳しい説明がある。

その通り、江戸時代前期には、上野の黒門から池之端へ向かう不忍池の池端に、金魚を入れた生け舟を浮かべて商う金魚屋が出店を並べていた。そして「しんちう屋」という屋号の金魚屋が、少なくとも延宝から元禄までの二十数年間には実在していたらしい。『俳諧向之岡』(延宝8年・1680)にも「影涼し金魚の光しんちう屋」の句と、「延宝年中より名高き金魚商人なりし」と説明がある。

しんちう屋の素性は、はっきりとはわからないが、金魚を商っていながら、店名に「金」の字を遠慮(?)して「真鍮」屋と名乗り、『西鶴置土産』にも「かくれもなき」とか「生舟7,80もならべて」とあるところからは、少なくとも、零細な小店ではなかっただろう。あるいは、行商人の元店を兼ねて、当時の江戸での金魚流行をリードするほどの存在だったのかもしれない。