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世界はなぜ「豊かな国」と「貧しい国」に分かれたのか?

今こそ世界システム論を読み返す
先日逝去したイマニュエル・ウォーラーステイン。ヘゲモニー、中核、周辺などのキーワードを駆使して、近代世界はひとつのシステムであるとする世界システム論。世界システム論を日本に紹介した川北稔大阪大学名誉教授が解き明かす、ウォーラーステインの魅力とは?
知の教科書 ウォーラーステイン』(講談社選書メチエ)の「はじめに」を公開する。

ダイエットと飢餓の「南北問題」

日本の若者の多くが、体型を気にしてダイエットに関心をもっている。若者でなくても、健康上の理由から、体重制限に苦慮している人も少なくない。しかし、他方では、地球上の多くの地域、とくにアフリカでは、いまも毎日、多くの子どもたちが餓死している。このことは、「南北問題」としてよく知られたことである。

 

しかし、この問題は、どのようにすれば、解決できるのか。アフリカの国々は経済開発が「遅れて」いるために飢餓が蔓延しているのであり、すべての国が日本のように飽食になればよいのだろうか。

というより、世界のすべての人びとが日本人のように飽食になることは可能なのか。そんなことが可能になるためには、世界の食糧生産は、右肩上がりに無限の「成長」をとげなければならないであろう。しかし、地球上の資源の有限性や環境問題を考えると、このような無限の成長はありえない。

とすれば、そもそもアフリカの飢餓も、アフリカ諸国の「遅れ」が原因とは言いきれない。問題は、食糧や所得の配分の世界的なアンバランスにある。つまり、日本人が「飽食」であることが、アフリカの飢餓の少なくとも一部の原因なのである。現代の世界は一体化しているうえに、地球の資源は有限であり、人類はすでにそれを極限まで利用しつくしている。

それにしても、こういう「南北問題」、つまり世界的なアンバランスは、どうして発生したのか。どうすれば、解消されうるのか。長年、社会学の立場から、アフリカの開発問題に取り組んできたウォーラーステインが、歴史に関心をもち、「近代世界システム」論というものの見方に到達したのは、このような問題からである。

産業革命を経過した国と、していない国

歴史をふりかえってみると、経済格差が最初に問題にされたのは、国と国とのあいだというより、むしろ産業革命の進展した時代のヨーロッパ各国の国内においてであった。世界でもっとも繁栄しているはずのイギリスの内部に、イーストエンドとよばれる巨大なスラムが発生し、「もてる者」と「もたざる者」の差が際立つようになった

このとき、人は社会主義や社会政策に救いを求めようとした。二〇世紀に入って、イギリスがいち早く福祉国家への道を歩みはじめるのは、そのためである。

ところが、二〇世紀後半になると、格差は国内の階層間よりも、国家と国家のあいだでこそ、より大きいことが認識されるようになった。

最初にうちだされた答えは、「南北問題」は、国民の努力によって「産業革命」を経過した国では開発が進み、工業国となったのにたいして、それをいまだ経験していない国が、「低開発」にあえいでいることから生じたという見方であった。

このような歴史の見方は、数十年前までの常識であった。「低開発」を「発展途上」などと言いかえることも多いが、それではこの見方の偏りを是正することにはならない。

近代のヨーロッパ人のものの見方や価値観が、世界中どこにでも普遍的に通用するように思われていた時代である。アジアの国であれ、アフリカのそれであれ、すべての国が、いずれはイギリスやフランスのような「近代」国家になっていくべきであり、現状がそうでないのは、歴史的に「遅れている」からだ、とみなされていた。

このような見方から、第二次世界大戦が終わったのち、とくに多くのアジア・アフリカ諸国が政治的に独立を達成した二〇世紀中ごろ以降は、「低開発国」の開発が世界的な課題となった。新たに独立した諸国の指導者たちは、自国を工業化し、「開発」することに努めた。

冷戦を展開した米ソ両大国も、第三世界への影響力を強化しようとして開発援助をすすめた。当時の考え方では、「低開発国」の最大の問題は資本不足と考えられていたので、「資本」を注入することがもっとも近道ともみられていた。このような考え方を、歴史理論としてわかりやすく説明したのが、ヴェトナム戦争当時のアメリカ大統領の顧問でもあった経済史家で、『経済成長の諸段階』を書いたW・ロストウであった。

ロストウの見方では、投資率がある限度をこえて高くなった国は、理論的にも、現実にも右肩上がりの「持続的成長」をつづけるようになる。このような「持続的成長」がはじまる時期が、歴史学でいう産業革命である。

だから、産業革命つまり工業化を経験した「先進国」は、どんどん経済成長をとげていくのに、それをまだ経験していない国は、「低開発」のまま停滞していて、格差は拡大する一方である。

したがって、ロストウの見方からすれば、アジアやアフリカの「低開発国」は、イギリスやアメリカのような「先進国」のあとを追って、産業革命を起こす必要があり、そのためには先進国が、資金援助をすることが必要だということになった。

しかし、このような見方に立ったアメリカの対外政策は、いっこうに成功しなかった。ウォーラーステインが研究していたアフリカ諸国でも、「先進国」に追いつくような気配はみえなかったのである。