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日経記者が豊田章男社長の側近に? トヨタ「奇妙な人事」が示すこと

「トヨタイムズ」拡大のかたわらで…

日経経済部デスクが「インターン」

トヨタ自動車本社内にある研究開発施設で8月30日午後4時50分頃、就業時間中に出火して消防車が出動する大騒動があった。

豊田章男社長は翌日31日の土曜日、予定を急遽変更して出火現場を訪れた。そのことがトヨタの自社メディアで外部にも発信している「トヨタイムズ」で報告されている。安全管理が問われる都合の悪いことでもオープンにする姿勢も感じられるが、肝心の出火元などには一切触れられていない。実は筆者の取材によると、火元は、トヨタの虎の子の技術である燃料電池だった。

 

現在、トヨタは「トヨタイムズ」をヤフーのような媒体に育てようと画策しており、主要メディアに記事の買い上げや、タイアップ企画などの提案を持ち掛けている。しかし、あくまで「社内報」の延長戦であり、本当に都合の悪い記事や映像は掲載しない。だから、火元が燃料電池であるとは一切触れないのだ。これまで掲載されてきたコンテンツも、豊田社長のことを美化するものが多い。そこが自社メディアの限界と言えるだろう。

ただ、トヨタが「トヨタイムズ」を介してメディアに急接近していることにより、メディアとトヨタとの「距離感」に変化が生じている。要は、取材する側と取材される側の関係ではなく、メディアとトヨタが一体となってしまうような動きが生まれているのだ。

そうした動きを象徴する人事が最近決まった。日本経済新聞社は、経済部の西岡貴司次長を豊田社長の側近に送り込む人事を内定した。西岡氏は今年10月1日付で、トヨタの総務人事本部付となり、豊田社長の秘書的な業務をする予定。人事上の扱いは、転職でも出向でもなく、研修のためのインターン扱いになり、半年ほどトヨタ社内で勤務して日経に戻る。

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日経では、インターンとして企業に出向いて現場を学ぶ制度があるので、そうした意味では西岡氏がその制度を活用してトヨタで経験を積むことは特例ではないが、これまでは若手記者が対象だった。西岡氏のようなベテラン記者が企業に出向くことや、経営トップの側近の立場で研修することは異例だという。

西岡氏は東京大学を卒業して1997年に入社し、主に産業部(現企業報道部)で活躍した。2011年からの3年間は、名古屋で勤務してトヨタ担当キャップを務め、そこで豊田社長に気に入られたという。13年5月21日付日経新聞で西岡氏は、豊田社長のレース参戦に同行した署名記事を書いている。

現在は経済部でデスクとして、記者が書いた原稿をチェックするなど紙面づくりの最前線の責任者の立場にある。日経で社内出世するのは経済部が中心だが、最近の傾向として企業報道部出身者が出世する場合は、経済部デスクを経験することが一つの条件となっており、このため、西岡氏も将来を嘱望された人材と見られる。