子どもに広い世界を見せることは「残酷」か? 沖縄の教育現場のリアル

学生から選択肢が奪われる理由
佐藤 智 プロフィール

沖縄ならではの教育を

沖縄では、御嶽(うたき)という祈りの場が自然と一体化して存在し、海や木々とともに生きる精神が息づいている。

東京に住んでいると、人間の思う通りになりすぎる日常に自己が肥大化し、傲慢さが増すように私は感じていた。

 

しかし、沖縄では自然のダイナミズムの前で人間の小ささを知る。

自分の適切なサイズを認識することで、目の前の人生を謙虚に丁寧に生きていけるように思った。沖縄の人々に対しても、そうした人間的魅力を感じていたのだ。

沖縄の「斎場御嶽」/Photo by Gettyimages

沖縄の独自性は決して失われてほしくない。

だからこそ、私は「東京のようになれ」ではなく、沖縄のオリジナルの教育の進化の方法があるのではないかと考えている。

例えば、日本の中でもっとも外国人が多い県だからこそ採れる教育施策があるのではないだろうか。外国語の学習や海外の文化への学びを深めていくのだ。

2020年から小学校で外国語活動が教科化されるが、沖縄ではそれをさらに充実させた形で導入できるかもしれない。

その結果、日本の大学進学を目指すのではなく、海外大学への進学充実という道が拓かれていくかもしれない。

さらに、2020年からは小学校でプログラミング教育もスタートする。

あまり知られてはいないが、ハワイを超える観光客数を誇る沖縄は、Wi-Fi整備が進んでいるエリアでもある。

他県の学校の取材をすると、Wi-Fi問題がプログラミング教育やICT活用の障壁になることが多いと聞く。

地域で整備が進んでいるWi-Fi環境を学校教育でも取り入れて、プログラミングなどの先端教育を行う方法もあろう。

さらに現在、アクティブ・ラーニングという対話型の学習がすべての学校段階で求められている。インプット型の学習スタイルから、課題設定型・課題解決型の学習への転換が目指されている。

先の見えない社会の中で、答えのない問いに対して協働して考えていく力の育成が目指されているのだ。

沖縄では、長年の課題として基地問題がある。県民は自分が基地についてどう思うか、親しい間柄でも話をしない。思いや利害が複雑に絡み合い、話せないのだという。

基地問題について、誰もが納得する「正解」を見出すことは難しい。だからこそ、この問題を対話の議題としてはどうだろう。

多様な解がある問いについて継続的に対話をすることで、課題に向き合い、多様性を知りながら考え続ける力を養うことができるのではないかと思う。

日本全体が教育の転換期を迎えている今、沖縄の教育はどのように舵を切っていくのか。これからも追い続けたい。