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子どもに広い世界を見せることは「残酷」か? 沖縄の教育現場のリアル

学生から選択肢が奪われる理由
現在、首都圏と各地方部との教育の格差は広がり続けている。その差とはなんだろうと考えた時、「選択肢」というひとつの答えが見えてきた。インターネットが普及したとはいえ、地方部ではリアルな場所や人に触れながら、進路先を検討することは難しい。
さらにいうと、「広い世界を見せることは残酷である」という考え方もあるのだと、沖縄と東京での二拠点生活を経た教育ライターの佐藤智は語る。無限の選択肢を見せることは自由を体現するものなのか。それとも、残酷なものなのだろうか。考えたい。

「広い世界を見せることは残酷」

「広い世界を見せることは残酷だと思っている」

これは、沖縄の高校生が教師から言われた言葉だ。

 

沖縄と東京の二拠点生活をしている教育ライターである私は、沖縄での交流の中でこの話を耳にした。

県内で記者をしている友人の後輩が、進路相談の際に教師からこの言葉を投げ掛けられたのだという。

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後日、その友人が言葉の真意を探るべく、教師を訪ねた。すると、その教師自身もジレンマを抱えていることが見えてきたという。

「できれば生徒に希望を持たせて頑張らせたい。しかし、夢を抱かせて選択肢を見せるよりも、目の前の現実を乗り越える術を身につけさせることの方が大事なのではないかと思うんだ」

友人は、教師側の葛藤も理解できると言う。一方で、「本当にそれでいいのだろうか」という疑念も抱いている。話を聞きながら、私も悩み、いまも答えを出せずにいる。

たしかに、広い世界を夢見た結果、思い描いた目標に届かず、自身の限界に苦悩することもあるかもしれない。あるいは、多様な選択肢が並ぶことで、どれを選べばよいかわからず、辛い思いをする子も出てくるかもしれない。

とはいえ、外の世界へ羽ばたく機会をはなから摘んでしまってよいものだろうか。

沖縄は私にとって大切な場所だ。しかし、拠点にしてみて、東京に育った私にとって驚くことが多かったのも事実である。

私は、沖縄に東京のマネをしてほしいわけでは決してない。「広い世界を見せることは残酷だと思っている」という教師の苦悩の言葉に端を発し、沖縄ならではの教育を考えてみたくなった。