『傷だらけの天使』から『天気の子』へ…聖地から描かれた「故郷」

時代を表す戦後映画史①70年代「東京」
佐々木 俊尚 プロフィール

『天気の子』で別の意味を持った「聖地」

ドアが閉まりかけた時代から40年あまりが経った。都市へと大移動した若者たちは歳を重ね、その子どもたちは生まれながらの都市生活者になり、彼らも子供をつくる世代になった。都市と田舎の関係も、大きく変わった。

朽ち果てたビル「代々木会館」の屋上は、1974年の『傷だらけの天使』では自由の象徴であり、同時に不安で孤独でもある都市生活そのものでもあった。しかし2019年の映画『天気の子』ではこの場所は別の意味を持つようになっている。

主人公の16歳森嶋帆高は伊豆・神津島の出身だが、なぜ島を出たのかは説明されない。書籍『小説 天気の子』では「息苦しくて……地元も親も。東京にちょっと憧れてたし…」と葛藤を示唆している。しかしこれらのセリフは、映画ではカットされた。新海誠監督は劇場用パンフレットでこう語っている。

「トラウマでキャラクターが駆動される映画にするのはやめようと思ったんです。映画の中で過去がフラッシュバックして、こういう理由だからこうなったんだっていう描き方は今作ではしたくないな、と。内省する話ではなく、憧れのまま走り始め、そのままずっと遠い場所まで駆け抜けていくような少年少女を描きたかったんです」

もはや東京はあこがれの場所ではない。新海誠監督は2016年の前作『君の名は。』で東京と飛騨の山あいの村を対比させ、主人公の女子高校生宮水三葉に都会への憧憬を語らせた。しかしそこでは田舎への怨念のようなものは希薄で、かつてのような貧しい田舎も描かれない。三葉の実家の描写について新海監督は「湿っぽい日本家屋じゃなくて憧れるような家にしたほうがいいんじゃないかという意見が出たんです。実際劇中でも、モダンな旅館みたいな立派な家の造りにしました」(『天気の子』劇場用パンフレット)と明かしている。

 

もうひとりの主人公、立花瀧も東京都心に住み、父は霞が関の勤務で、友人たちと放課後はカフェで楽しく過ごし、見るからにアッパーミドル的な暮らしを送っている。

しかし『天気の子』では、主人公二人の貧しさが描かれる。「帆高も陽菜も貧しいというのは、実は『君の名は。』と大きく違う要素かもしれませんね。社会自体があの頃とは違っていて、日本は明確に貧しくなってきている。特に若い子にはお金が回らなくなっていて、それが当たり前になってきています」(同)。主人公たちは、もはやイタリアンレストランやパンケーキには憧れず、ラブホテルで食べるジャンクフードに喜ぶのだ。

1970年代の映画で描かれた「豊かで憧れの都会と、貧しい田舎」という構図は消滅し、新しい社会階層化が日本のいたるところで進んでいる。だからこそ都心の一等地にある老朽化したビルが、憧れの都会の象徴ではなく、新しい聖地になりうるのかもしれない。屋上にはオサムとアキラが暮らしたペントハウスではなく、緑が茂った鳥居と祠があり、それらは不思議に懐かしいのだ。

日本人が郷愁を覚え、しかし決して帰ることのできなくなった場所は、21世紀の今はもはや現実の「田舎」ではない。それは都心の懐かしい聖地を通り抜けた先にある、雲の上の異世界へと変わっていったのかもしれない。