『傷だらけの天使』から『天気の子』へ…聖地から描かれた「故郷」

時代を表す戦後映画史①70年代「東京」
佐々木 俊尚 プロフィール

高度経済成長の終わりと共に

民族大移動の背景にあったのは、高度経済成長である。都市圏の工業地帯が地方の若者を呼び込んでさらに巨大化していった。戦後のベビーブームで大きな人口ボリュームになった「団塊の世代」が1960年代、中学卒の集団就職で都会に大挙して出てくるようになり、これが移動に拍車をかけた。農業の担い手が足りなくなり、「じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃん」が農業が営むようになって「三ちゃん農業」という流行語も現れた。

 

しかし、『傷だらけの天使』『祭りの準備』の1970年代なかばには、実は民族大移動は終わろうとしていた。1973年のオイルショックで高度経済成長が終わり、加えて地方と都市の所得格差が縮小してきたからだ。都市圏への工場集中を緩和する目的で、1962年に全国総合開発計画(一全総)が策定。1969年の新全総、1977年の三全総と引き継がれ、地方に莫大な公共投資が行われるようになり、工場が地方に乱立するようになった。つまりは「田舎の工場化」が進み、田舎は牧歌的で遅れた農村地帯ではなくなっていく。

田中角栄が「人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる」とうたった著書『日本列島改造論』(1972年)を刊行し、ベストセラーになったのもこのころである。地方でも農業や漁業だけでなく、工場勤務などの仕事が得られるようになり、「企業城下町」といった言葉も生まれた。高度成長時代の名物だった集団就職列車は、1975年に運行を終えた。

1972年に首相に就任した田中角栄74年に立花隆の「田中角栄研究」が「文藝春秋」に掲載され、退陣のきっかけとなった。写真左は長女の田中真紀子氏 Photo by Getty Images

「中流階級」の意識

都会も地方もこぞって豊かになった日本では、自分を「中流」だととらえる人が増える。1977年に経済学者の村上泰亮が『新中間大衆の時代』という本を著し、伝統的な社会階層に代わって「中」意識を持つ広範な社会が登場したと指摘した。戦前から長く続いた都市と田舎、一部のエリートとその他大勢の庶民といった社会対立が薄れ、所得格差が縮小したからだ。総中流社会の完成である。

1970年代の日本は、発展途上国から名実ともに先進国へと衣替えする真っ最中だった。オサムやアキラたちが故郷の空を思い出していた『傷だらけの天使』の時代には、地方はすでに「遅れた田舎」ではなくなりつつあったのだ。では彼らの郷愁は、いったいどこに向けられていたのだろうか?