『天気の子』公式HPより

『傷だらけの天使』から『天気の子』へ…聖地から描かれた「故郷」

時代を表す戦後映画史①70年代「東京」

令和になり、戦後は74年を迎えた。しかし、時代は途切れているのではなく、続いている。ジャーナリストの佐々木俊尚さんが映画やドラマを切り口に時代を考察する連載第1回は、1970年代に描かれた「東京」と「故郷」を中心に時代を振り返る。物語は、現在現在興行収入110億円をこえた新海誠監督の『天気の子』の聖地から始まる――。

『天気の子』の「聖地」であり、70年代一世を風靡した作品の舞台となった代々木会館 撮影/伊藤博敏

あの聖地はオサムとアキラの家

先ごろ取り壊しが始まった東京・代々木のビル「代々木会館」。上映中の新海誠監督作品『天気の子』の聖地にもなって話題になっているが、最初に知られるようになったのは、1970年代のテレビドラマ『傷だらけの天使』である。

このドラマは、1974年から75年にかけて日本テレビ系列で放送された。代々木会館の屋上にあるボロボロのペントハウスで同居するオサム(萩原健一)とアキラ(水谷豊)という二人の若者。探偵事務所調査員の彼らが、毎回さまざまな事件に巻き込まれていく様子を描いた。監督に神代辰巳や深作欣二、脚本に市川森一が入るなど豪華な制作陣で、いま見ても鮮烈で抒情的な演出が光っている。

2019年の現在にこの古いドラマを通しで観ていると、1970年代という時代の特徴が浮かび上がってくる。中でも強烈に感じるのは、当時の東京と地方の関係だ。1970年代には東京は夢の都であり、あこがれの土地であった。田舎の若者たちは、東京での明るい未来を期待して上京していった。しかし現実にはバラ色の日々などそう簡単に転がっているわけでもなく、夢やぶれ、田舎の日々に郷愁を感じる者たちも多かった。

ショーケンは『傷だらけの天使』で一躍スターダムにのしあがった 写真は最後の著書『ショーケン 最終章』

「田舎に帰るよ」

『傷だらけの天使』には故郷を思慕する人々の姿が、繰り返し、繰り返し描かれている。

第20話『兄妹に十日町小唄を』。寿司屋の板前源さん(渡辺篤史)は新潟・十日町の出身。一緒に上京してきた妹(伊藤めぐみ)は仙台の大学に進んだはずなのに、いつの間にか退学し、好きな男を追って東京に出て、ホステスになっていた。肩を落とす源さんは、肩を落としてつぶやく。

雪が深いところでなあ。俺と玲子が国を出る時も雪だった。俺が17で、レイコが小学校3年のときだった。ふたりで夜汽車のってな、あんまり寒いものだからよ、あのやろう俺に体をぴたーっと」遠い汽笛を思い出す源さん。
早いものでな、あれからもう10年になるでな

 

第11話『シンデレラの死に母の愛を』。伊豆の山林王の遺産相続争いに巻き込まれ、殺されてしまったキーパンチャーの初江(服部妙子)。オサムとアキラは彼女の遺骨を、祖母がひとり守っている実家に届けに行く。過疎が進む山村。わらぶき屋根の農家で、祖母(浦辺粂子)はひとり藁叩きをしている。

初江はどうしとる? 今度の正月には帰ってくるって手紙があったけどの。元気かね?
白熱電球がひとつぶら下がっていて、障子紙が破れている家の中。台所は昔ながらの土間だ。

最終話『祭りのあとにさすらいの日々を』。オサムとアキラを雇っている探偵事務所社長の綾部(岸田今日子)に逮捕状が出て、彼女は船で欧州へと逃げる。「オサムだけはヨーロッパに連れて行くから、すぐに横浜に来てちょうだい」というメッセージをオサムに伝えた秘書の京子(ホーン・ユキ)。二人は西新宿のバスターミナルで落ち合う。

京子ちゃんはどうする?」とオサムが聞く。「あたし? あたしは長崎に帰るわ」「どうして? 綾部さんがそうしろって言ったのか?」「ううん。里心がついちゃったの。それに、国ではフィアンセが待っているし。女の子ってこういう時便利よね。つぶしが利いて、ダメならかわいいお嫁さんになれば、それでカッコがつくんだもん」「そう…結婚すんのか

しわくちゃの万札を、餞別に渡すオサム。
いいわ。気持ちだけいただいておくわ」「遠慮するなよ」「これから本当のワルになろうって人が、こんなことして小娘泣かせるもんじゃないわ。じゃあね
階段を駆け下りていく京子に、オサムは声を掛ける。「幸せになれよ

花ちゃんはこれからどうすんの」「わだすは田舎帰って、土っこいじって生きていくべ」「そうだね花ちゃん、花ちゃんは田舎帰ったほうが幸せになるかもしれないね」(第21話『欲ぼけおやじにネムの木を』)

私も田舎に帰ろうかなあ」「あんたの田舎はどこなの?」「西那須野」「送ってってやるよ」(第7話『自動車泥棒にラブソングを』)

このドラマに限らず、物語の終わりに「田舎に帰るよ」と登場人物が口ずさむラストシーンは、この当時の映画にはよく見られた。東京での生活に失敗し、夢破れても、彼らには帰ることのできる場所があったのである。