日本では、マンガは子どもから大人まで幅広く読まれている。一方で、欧米では子ども向けの娯楽という見方が強く、これまで科学を題材にしたマンガは、学校教育で用いる教材のひとつとして捉えられることが多かった。
しかし近年、魅力的なキャラクターやストーリーを通して科学の話題を伝えられるメディアとして、科学ジャーナリストや関係者に注目されつつある。
2019年の夏、第11回科学ジャーナリスト世界会議では、「マンガと科学」をテーマにしたセッションが開かれ、日本、英国、米国を拠点として活動する3名のクリエイターが登壇した。その様子を報告する。
「Let’s Manga!」
科学ジャーナリスト世界会議(World Conference of Science Journalists)とは、世界科学ジャーナリスト連盟 (World Federation of Science Journalists)がおよそ2年に一度開催する国際会議である。
じつは、その第1回会議は、1992年に東京で開催された。今回報告する会議は通算11回目で、2019年7月にスイスのローザンヌで開催された。
第11回会議には、83ヵ国からおよそ1300名の科学ジャーナリスト、大学や研究機関の広報担当者などが集まった。もちろん、日本からも多数参加した。
基調講演とパネル討論を含む63のセッションや、ローザンヌ周辺の大学の研究室を見学する50のツアーなど、さまざまな催しが5日間を通して行われた。セッションのテーマはフェイクニュースから地球温暖化、調査報道、ポッドキャストによる科学コンテンツの提供など、硬いものから柔らかいものまで多岐にわたった。
そんな中、7月3日の午後にスイス・テック・コンベンションセンターで開かれたのが、「Let’s Manga! Science told through comics」だ。このセッションの趣旨は、マンガというメディアが科学を伝えるうえでもつ可能性や、科学ジャーナリズムとの類似点や相違点などについて意見を交わすこと。事前の関心も高く、当日は立ち見が出るほど盛況であった。
登壇者は世界的に活躍する3名のクリエイター。日本の理系漫画家のはやのんさん、ニューヨークを拠点に活動するイタリア人のMatteo Farinellaさん(マテオ・ファリネッラ)、英国のケンブリッジを拠点とするイタリア人Claudia Flandoliさん(クラウディア・フランドリ)が、自身の作品紹介を交えながら、どのような創作活動に携わっているかを話した。その後、セッション参加者との質疑応答が行われた。

ここからは、各クリエイターの講演と質疑応答の内容の一部を紹介していく。
マンガが翻訳されていくと……
理系漫画家として20年以上の活動歴をもつ、はやのんさん。子ども向けの雑誌や新聞などで商業出版のためにマンガを描いてきたほか、大学や研究機関の広報活動の一環としてもマンガを製作したり、イラストを提供したりしている。
活動の範囲は日本国内にとどまらない。たとえば、過去には、アメリカ航空宇宙局(NASA)の依頼を受けて、NASAの科学者や研究成果を題材にしたマンガも創作した。近年では、自然科学のほか、人文社会科学の話題や研究を題材としたマンガにも挑戦している。
講演の中では、もともと日本語で描いたマンガが次々にべつの言語へと翻訳された経験を振り返った。日本語のマンガを起点としてドミノ倒しのようにべつの言語へと翻訳されていくと、伝言ゲームのような事態が起こる。つまり、もともとの物語や内容とはまったく異なる作品になってしまうことがあるそうだ。
また、同音異義語を用いた言葉遊びを翻訳する難しさについても語った。たとえば、「宇宙船」と「宇宙線」という日本語の同音異義語を用いた掛け合いは、べつの言語に直訳すると、言葉遊びの面白さが失われてしまう(たとえば英語では、宇宙船=spaceshipと宇宙線=cosmic rayとなり、音はまったくちがう)。

マンガを構成する3つの要素
続いて登壇したMatteo Farinellaさんは、脳科学者でもある。もともと、マンガは趣味として描いていただけで、専門である脳科学と趣味のマンガを組み合わせることなど想像していなかったという。