本当に厳しい出産でした

侑香さんと佳奏ちゃんの治療に当たっていた産科医のひとりである高橋雄一郎さん(岐阜県総合医療センター胎児診療科部長・産婦人科主任医長/元・長良医療センター産科医長)に話を聞いた。

高橋雄一郎さん。今は岐阜県総合医療センター胎児診療科で部長・産婦人科主任医長をつとめているが、長良医療センター時代に佳奏ちゃんの治療にかかわった 撮影/河合蘭

高橋さんによると、谷さんのような妊娠中期の破水は産科学的に見ると非常に厳しい事態で、前述のようにほとんどの場合は妊娠中絶になる。この時期の人工羊水中注入は技術的にも難しく、まだ、いわゆる「一般的な治療」としては扱われていないため、選択できる病院はきわめて少ない。

「破水が怖いのは、単に子宮に穴があくだけではなくて、子宮の中に菌が少しずつ入り込んで繁殖するということなんです。母体の血液循環の中にその菌が入ると、菌が全身に回ってしまう『敗血症』を起こすことがあります。そうするとおかあさんは急に高熱に見舞われ、血圧が大きくて低下して意識がなくなり、亡くなってしまうことすらあり得るのです。

赤ちゃん側も、菌がたくさんいる羊水を飲みこめばやはり敗血症の危険性がありますし、極小未熟児として生まれても今度は脳性麻痺など深刻な後遺症の心配があります」

もちろん、高橋さんたちも、母体の命が脅かされるような治療をおこなうことはできないと考えてきた。だから、治療は誰にでも提案するわけではなく、血液や羊水の検査で感染が進んでいないことを確認した上で、危険性が低い人だけに「選択肢のひとつ」として示している。そして、治療が始まっても、感染が進み始めた兆候があれば、佳奏ちゃんが直ちに帝王切開で取り出されたように、即刻、治療は中止される。

障害が不安だと感じたり、家族から強く反対された人に奨めるようなこともしていない。あくまでも、医学的に見込みがあり、両親の意志も堅い、限られた人だけに提供している治療だという。

長良医療センターの統計によると、妊娠22週未満で破水し同病院に来た母親のうち、約4分の3は妊娠を継続できなかった。

「継続できない方の中には、心がついていけなくて、苦渋の決断をする方もいらっしゃいます」と高橋さんは言う。

「妊娠を継続した赤ちゃんのうち、約8割の子は生きて生まれてくることができ、ほとんどの子は脳にも肺にも後遺症が残りませんでした。
でも一方では、生まれる前に亡くなってしまった赤ちゃんもいますし、搬送先で生まれた赤ちゃんのひとりは、仮死状態で生まれ、脳に障害を持つことになりました」