ほんまに怖い? 京都の怨霊と「ほんまもん」の京都人

祇園祭の主役から現代の大哲学者まで
西川 照子

光孝天皇の「荒神さん祓い」

光孝天皇という人がいた。盲目であった。この天皇の目を開かせたのは、カモの明神であった。カモの神の御託宣を得て、眼の病を克服した天皇は、慈覚大師円仁に地蔵を刻させ、「明眼(めいげん)地蔵」として祀り、盲人たちの信仰の拠り所とした。

盲目というと、まず、蝉丸が挙がる。この人も貴人、醍醐天皇の第4皇子と伝えられる。もう一人いらっしゃる。光孝天皇の弟宮・人康(さねやす)親王である。この2人があまりに有名で、「光孝天皇盲目説」は殆ど語られない。

 

さらにこの天皇が、盲人のために佐女牛という所に長屋を建て、彼らが何とか生計を立てられるように守護したという話も伝わらない。盲人・光孝天皇は消された。なぜか。

盲人の職掌の第1は「荒神祓い」である。盲人は特殊能力を持っていて、様々な呪的行為を行ったが、その中心に荒神信仰を置いていた。

荒神さん──「カマドの神さんですね。カマドを清め、火を清めるのですね」──と思っていた。

京で一番有名な「荒神さん」は、河原町通の荒神口にある「清荒神(きよしこうじん)」である。この荒神さんも天皇と関わる。桓武天皇の兄・開成(かいじょう)皇子が、北摂の山中で感得した〝神〟である。八面六臂の鬼形の恐しい〝神〟だが、その御正体は「胞衣(えな)」という。つまり、我々がまだ母の胎内にいた時、包まれていたやわらかいあたたかい〝もの〟である。

天皇と盲人と荒神と胞衣──最も聖なる存在と賤(しづ)なる存在が結び付いて、強い呪力を発揮している。因みに胞衣は不浄のものとされてきた。その後始末を盲人がしたのであろうか。

ほんまもんの京都人はコワ〜い?

胞衣に包まれた胎児のまま、天皇となった人がいる。応神天皇である。一名、胎中天皇。母の名は神功皇后。神功皇后は、神の託宣に従って応神を宿したまま、つまり〝身重〟の身体で海を渡った。そして帰国後、無事、応神を出産した。それで神功皇后は安産の守り神となった。

神功皇后という名を聞いてもピンと来ない? 京ではこう言うといい。「祇園祭の船鉾に乗っている男装の麗人ですよ」。

そう、京最大の夏祭りに神功皇后は出る。大きなお腹で出る。安産信仰の神として出る。その大きなお腹は、幾重にも巻いた腹帯のせいである。祭の後、この腹帯は、安産祈願の人々に配られる。ここでも天皇と庶民が結び付いている。

担当さんが望むようなコワ~い話は書けなかった。ただ、船鉾の神功皇后を「町内の神」として祀る人々は、この〝宝〟を守るために、よそ者を排斥する。

ここがちょっと恐い。山鉾町の人たちは、ほんまもんの京都人である。そのほんまもんの京都人が一番コワい。「こんなこと書いたらもう京都にいられへん」「それでいいじゃないですか」「長崎人は勝手なこと言うなあ」。

私は京都が好きである。〝もの〟をはっきり言う京都人が好きである。「梅原大怨霊」がかつて言ってくれた。「あんたは怨霊の声を聞く能力を持っている」。ありがたい。それで怨霊の友だちがいっぱい出来た。船鉾の神功皇后もその御一人だ。

彼女の御顔、神面を着けているという態(てい)だが、その古面、コワ~い。本当に恐い。「母なる人は、子を身ごもって、その子を守るために、こんな顔になるんだな」。

京の祇園祭の船鉾の神功皇后に、もしかしたら担当さんの言う、コワ~い京都があるのかも知れない。本物の京都があるのかも知れない