野口みずき、中島恵利華…あの超有名スポーツ選手たちの「いま」

それぞれの道を歩んでいる
週刊現代 プロフィール

もう一度、全国の舞台に

千葉さんが振り返る。

「監督から『おまえの武器は打率じゃなくて出塁率だ』と2年生の頃からずっと言われていて、なんとしてもクリーンアップに繋げる方法を考えようと編み出したのが、あの打法でした。

注意を受けても、意外と動揺はありませんでしたね。バントとかエンドランとか、引き出しはいくつも用意してきたので、すぐに頭を切り替えることができた。準決勝で打てなかったのは、相手のピッチャーが良すぎたから(笑)。完敗です」

 

卒業後に日大に進学した千葉さんは、粘り強く次の打者につなぐスタイルを貫き通し、3年秋にはチームのリーグ優勝に貢献した。

現在は、社会人の強豪・九州三菱自動車に所属し、プロを目指している。

「勝ち負けの前に、グラウンドでプレーするのが本当に大好きなんです。甲子園に出た頃から、それはずっと変わりません。全国規模の舞台にもう一度立って、『あの千葉か』と注目してもらえるように頑張りたいです」

'83年、巨人のリードオフマンとしてセ・リーグ記録の76盗塁をマークした「青い稲妻」こと松本匡史さん(65歳)を覚えている人も多いだろう。眼鏡とブルーの手袋がトレードマークだった。

「私は怪我も多くて、レギュラーで出場した期間もそれほど長くはない。ずっと記憶に残るニックネームを付けてくれた記者の方には感謝しています。引退から30年以上たったいまでも、僕の顔を見ると、名前より『青い稲妻』と呼んでくれる方が多いですから(笑)」

引退後は巨人で長らくコーチや二軍監督を務め、スカウトもした。

近年では女子プロ野球のアドバイザーやBCリーグの滋賀ユナイテッドの監督など、野球の裾野を広げる活動に精を出している。

「一番やりたいのは子供たちに野球を教えること。単なる野球教室ではその場限りなので、たとえばどこかの地域で、子供たちがプロの世界で頑張れるまでずっと応援し続けるということができないかな、と。

プロ・アマ問わず、球界のためになるなら何でもやっていきたい。そんな気持ちです」

相変わらず元気な人も、病気と闘っている人も、みんなそれぞれの日々を前向きに生きている。

『週刊現代』2019年8月24・31日号より