死後に周りから「せいせいした」と言われないために、考えるべきこと

人生の値打ちは死んだ後に定まる
週刊現代 プロフィール

誰でも死ぬのは一回きり。そして生きているうちには絶対に経験ができない。だから、怖い。しかし、同時にあなたという大切な人を喪うことも、家族にとって一度きりの体験だ。お互いが不安と戸惑いを抱えているのに、自分だけが不幸だと言わんばかりにジタバタするのは、大人の別れにふさわしい態度とは言い難い。

3年前に友人を亡くした堀口牧江氏(74歳・仮名)が語る。

「友人は末期がんで余命幾ばくもなかった。でもいざ面会に行くと本人の表情は明るい。訳を聞くと、『西洋医学では治らないけど、自然療法なら治る可能性がある』と言うんです。棚の上には、怪しげなサプリメントや発酵食品が山のように積まれていました」

 

堀口氏は、それで本人の気持ちがラクになるのならば、それもいいのかもしれないと思い、放っておいた。しかし、問題はその後だった。

「次にお見舞いに行ったら、突然、100万円ほど貸してくれないかと言うんです。食事療法やマッサージを受ける施設に入るに当たって寄付金名目で500万円ほどを渡さないといけないと。でもさすがにそんな大金を貸すわけにはいかない。断ったら、それからギクシャクしてしまいました」

結局、友人はおカネを工面し、施設に入所した。しかし、入って1日で、飲食の際の誤嚥が原因で肺炎となり、ひと月後には帰らぬ人となった。

「しっかり者だった彼女が『このサプリはうんぬんかんぬん』と言っているのを見て、後ずさりしてしまう自分がいました。私は、死を宣告されたとしても、こうはならないようにしようと思っています」(堀口氏)

みっともない最期だったと嘲笑されないためには、人は必ず死ぬという当然の事実を受け止めなければならないのだ。

『週刊現代』2019年9月7日号より

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