体中の機能が低下する
若いうちは、なぜ転んだだけで死んでしまうのかと思うことだろう。だが実は、孝明さんの例は転倒で亡くなる高齢者が辿る、典型的なパターンなのだという。
30年以上にわたり高齢者を看取ってきたケアマネージャーオフィスぽけっと代表で訪問看護師の上田浩美氏はこう語る。
「転倒によって一度寝たきりになってしまうと、本人からすればいきなり生産性のない生活を強いられることになります。この変化を受け入れられない人が多い。
そうなると体にも悪影響が出てきます。年を取ると消化管の働きが悪くなるものですが、体を動かさないことでさらに機能が低下し、一層ご飯が食べられなくなる。食べない、飲まない状態が続くと、ものを嚥下する力がなくなり、頻繁に誤嚥を起こす。すると、肺炎などの症状を誘発してしまいます。
栄養状態が悪くなるので免疫力も下がり、一向に回復しない。胃も小さくなり、吸収率も低下する。衰弱まで一直線です。このように転倒から人生が一変してしまうケースを、実際に何百人と見てきました」
寝たきりになることで心身ともに不健康になり、さまざまな体の機能が低下してしまう。この悪循環を廃用症候群と呼ぶ。高齢者の場合、家や施設に閉じこもってしまうことで死期が早まってしまうのだ。

「転倒することで自信を失い、閉じこもって暮らす高齢者は多いです。そうなると刺激がなくなり、今までの社会的な役割も失うことになる。その状況が認知症を誘発してしまうケースも多々見られます。このように転倒は生活の質そのものを低下させてしまうので、細心の注意が必要です」(松本リハビリ研究所所長の松本健史氏)
転倒は、生きる気力すら根こそぎ奪い取ってしまうのだ。
がんより怖いと言われるワケ
「みなさん、転倒が原因で死ぬよりも、がんに蝕まれて命を落とすほうが悲惨な最期だと思うでしょう。でも、実際はまったく違うんです。
私は1年半前に父を肺がんで、3ヵ月前には母を転倒で喪いました。その時のことを思い出すと、私は絶対に転倒では死にたくないと思います。転倒は、がんよりもずっと怖いものです」