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市原悦子さん、渥美清さん…美しく逝くために著名人が備えていたこと

死に方は、生き方でもある

終活ブームのずっと前から

「『いつ〝その時〟が来ても困らないように』と、よくおっしゃっていました。『終活』がブームになるずっと前から、ご自身の身辺整理をされていたんです」

そう話すのは、今年3月に亡くなった生活評論家の吉沢久子さん(享年101)と四半世紀にわたり親交があった、フリーライターの田村幸子氏である。

吉沢さんは「家事評論家第1号」として活躍し、随筆家としても多くの著作を残した。'84年に夫である文芸評論家の古谷綱武氏(享年75)を亡くした後は、30年以上、「おひとりさま」として一人暮らしをしていた。

「吉沢さんが自分の死について真剣に考え始めたのは、ご主人を亡くしたことがきっかけだったようです。子どもも孫もいないので、いざ自分に何かあった時に、相続などで親族に迷惑をかけたくない。

それで、法的に有効な遺言書を用意し、家の後始末やお墓の管理などを記した。遺産の管理はすべて甥夫妻に任されたそうです。

預貯金などの財産や、約200冊の著作版権の管理など、範囲は多岐にわたりました。生前から貸金庫の鍵は一つを自分の手元に、もう一つは甥夫妻に預け、いつ何が起きても大丈夫なように準備されていました」(田村氏)

 

衣類など身の回りの品も一定量を超えないように心がけ、膨大な蔵書の寄贈先も決めていた。葬儀や告別式の開催、亡くなった後の法要も断った。

残された遺族らに負担をかけ、形だけの儀式をするよりも、日頃思い出してくれたほうが嬉しいという思いだったという。田村氏が続ける。

「吉沢さんは、延命治療は不要だとおっしゃっていました。自分で自分のことがわからなくなり、迷惑をかけることを避けたかったのでしょう。

亡くなる2日前まで新聞が読めるほど意識もハッキリしていましたし、最期まで周囲の人たちを思いやっていたと伺いました。

入院先のスタッフが、吉沢さんが亡くなった後、遺族の方に『お世話させて頂いてありがとうございました』とお礼を言われるほど愛されていました」