関係の深まる講談社と陸軍…突き付けられた言論統制のサーベル

大衆は神である(65)
魚住 昭 プロフィール

貴様のところの原稿は渡さん

『講談倶楽部』編集部の萱原宏一(かやはら・こういち)が三宅坂(みやけざか)の陸軍省に鈴木少佐を訪ねた。少佐が書くことになっていた「国防国家の話」という原稿ができる日なので、それを受け取りに行ったのである。

鈴木は萱原の顔を見るなり、自席からすっくと立ち上がり、

「貴様のところの原稿は渡さん、帰れっ!」

と、満面に朱を注いで怒鳴った。萱原は、呆気にとられて「なぜですか」と訊ねた。

「なぜ? 生意気言うなっ! 理由は帰って淵田の馬鹿野郎に聞けっ!」

 

淵田は講談社の常務取締役編集局長で、萱原の恩師にひとしい大先輩である。その人を馬鹿野郎呼ばわりされたので、萱原がカッときて、

「淵田が何をしたか知りませんが、馬鹿野郎はひどいじゃありませんか、理由を言ってください」

と言うと、鈴木はものすごい形相になり、軍刀をガチャーンと床に突き立てた。

「何を猪口才(ちょこざい)ほざくかっ! 淵田は大馬鹿野郎だっ、だいたい講談社は商業主義で、愛国者が一人もおらんっ!」

この一語で萱原は我慢の堰がいっぺんに切れ、鈴木に負けない大声で怒鳴り返した。

「講談社には立派な愛国者がいっぱいいるっ!」
「なあにっ! 講談社に愛国者がいるとっ? それは誰だ、それは誰だあっ!」
「それは俺だあっ!」と、萱原が叫んだ。
「なあにっ、貴様が愛国者だとっ、フン」

鈴木は鼻の先に冷笑を浮かべ、にやっと残酷に笑った。部屋には2〜3名の将校と6〜7名の嘱託がいたが、しーんとして誰も口をきかない。と、嘱託のひとりがやっと飛んできて、2人の間に入り、ともかく今日は帰ってくださいとなだめるので、萱原は憤然と、おじぎもせずにさっさと帰ってしまった。