沖縄・南城市で〈料理 胃袋〉を営む関根麻子さんが、生まれ故郷でもある東京のあっちへふらり、こちらへふら〜り。ゆるゆるっと街歩きを楽しむ。浅草・浅草寺から懐かしの洋食店へ。盟友、野村友里さんの店にも立ち寄りますよ。
日本橋の家族経営の店で、
ホッとする味に出合う
翌日のランチは、今回の旅のもうひとつのテーマであるレトロな洋食店2軒目へ。日本橋の再開発ですっかり様変わりしたコレド室町のすぐ横にある〈レストラン桂〉を訪ねる。
周囲のビル群の中に、ちんまりと時が止まったようにあって、まるで、バージニア・リー・バートンの絵本『ちいさいおうち』を彷彿させる佇まい。表のノスタルジックなショーケースには、スパゲティミートソースやハンバーグステーキなどのサンプルが並ぶ。もう、これだけでも胸キュンである。
この店は、初代・手塚正昭さんと息子の清照さん、そしてホール担当のおかあさん、清美さんを中心に回っている。88歳になるという初代はいまだ現役。ランチ時にはしっかり厨房に立つというから、素晴らしい。まさに、生涯現役である。
「ところで、おかあさんはおいくつなんですか?」と聞いたところ、「だいたい80歳ぐらい」という息子さんのお答え。関根さん、「だいたい」という言い方に思わず笑ってしまう。「いいご家族ですねぇ」。お店の味は、こんなところからも作られる。
昼どきは大賑わい。ベテランのおばさまウェイトレスさんたちの大車輪の活躍で、次々とお客がさばかれていく。お見事! 数あるメニューから関根さんが選んだのは、スパゲティイタリアンとメンチカツレツ。「どちらもホッとするお味。おいし~い」と言いながら、どんどん食べ進む。まだまだ、食べたいところである。
「夜は居酒屋的使い方をされる方が多いので、メンチカツレツもつまめるように6等分してお出ししています」と清照さん。そういえば、棚にずらりと並ぶ、洋食屋さんにふさわしくないウィスキーや焼酎のボトルの数々。これは、夕方以降に居酒屋使いをする人たちがボトルキープしているものだったのか。
夜のメニューを見せてもらって驚いた。鶏わさはある、冷ややっこはある、丸干しにししゃも、ですよ。ここは何屋さんだっけと突っ込みたくなるつまみメニュー。近隣のサラリーマンたちは幸せである。いいなぁ。
東京と沖縄、行ったり来たりの
いいバランス、関根さんの今
〈レストラン桂〉を出て、関根さん、ふと思う。「あんなにビーフシチューと言っていたのに、どこのお店でも食べなかった……」
懐かしの母の味を求めて、大好きなビーフシチューを食べるために懐かしの洋食店を訪ねたにもかかわらず、何てこと。
「もしかしたら、意識下に、母のビーフシチューが一番という思いがあったのかもしれませんね。次は母のを食べに帰ろうっと」
東京に暮らしているときにはあまり感じたことがなかった、懐かしいような、ちょっぴり切ないような、でも、とってもワクワクする旅は、こうして大団円を迎えたのである。この旅、「吉」でしたね、関根さん。
PROFILE
関根麻子 Asako Sekine
2000年に沖縄へ。ご近所からいただく野菜を日々料理するうち、料理家としての才能が開花。木工作家・藤本健さんの工房の隣に〈料理 胃袋〉を開き、夢のような空間で独自の料理世界を展開中。
●情報は、2019年8月現在のものです。
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Photo:Norio Kidera Text:Michiko Watanabe Edit:Chizuru Atsuta