6時間以上に及んだ手術の結果は、奇跡的に成功でした。でも、目が覚めた母は、おへそから下、つまり下半身すべての感覚を失いました

極めて難しい手術でした。母の命を繋ぐためには、心臓に血液を送ることが優先です。その過程で、血が行き渡らなくなった下半身の神経は壊死しました。

母は、一生、車いすが必要な生活になりました。

それでも、私は嬉しかったんです。母が死ななかった。ただそれだけで良かった。母も「助かって良かった」と、笑ってくれました。

母の笑顔は、嘘だった

2年に渡る、長いリハビリが始まりました。歩けていた人が歩けなくなる、というのは、想像を絶する苦しみです。おへそから下が、ただの重りになってしまうんです。母は起き上がるどころか、寝返りすら一人で打てませんでした。ベッドから車いすに移乗できるようになるまで、何ヶ月もかかりました。

それでも母はやっぱり、笑っていました。「頑張るから。もう少しで退院できるはずだから」と。

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その笑顔は嘘だったと、気づく日が来ました。

学校帰りにお見舞いを終え、家に帰ろうとした時のことです。私は、母の病室に携帯電話を忘れたことに気がつきました。取りに戻ると、病室から泣き声が聞こえました。母が泣きながら、看護師さんに話していました。

「もう嫌だ。歩けない私なんて、ヒトじゃなくてモノになってしまったのと同じ。自分のことすらできない私が、子どもにしてあげられることなんて何もない」

私はその場から動けませんでした。そして、母が、消え入りそうな声で言いました。

こんなに辛いなら、死んでしまった方が楽だった!

後ろから頭を思い切り殴られたような気がしました。同時に「私のせいだ」とも思いました。