決断を下したのは、私だった

母はいつも穏やかで、優しく、家族の太陽のような存在でした。だから、馬鹿な私は気づかなかったんです。私が大学に進学して経営を学ぶと意気込んだから、母が一人で学費を稼ごうとしてくれたことに。

母は救急車で大学病院に運ばれました。ぼんやりと会話ができていた意識も、少しずつ失われていきました。病名は、突発性の大動脈解離。大きな動脈が次々と破れ、剥がれていく病気です。重体でした。

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先生の説明を、私はどこかぼうっとしながら聞いていました。首から上が水の中に入っているような。目も耳も、うまく働きません。

「ご家族の中で、責任者はどなたですか?」

そう先生に言われ、ようやくハッとしました。付き添いは、私と、私の弟と、祖母でした。祖母は高齢です。弟は生まれつきダウン症で、知的障害があります。高校生の私は初めて、この場の責任者であることを自覚しました。

「お母さんは重症です。このまま手術をして、手術中に亡くならず成功する確率は20パーセント以下です。手術をしなければ数時間後、確実に亡くなります

亡くなる。その単語だけ、耳に飛び込んできました。

「奈美さん。手術の同意書には、あなたがサインをしてください

先生から用紙を渡されて、私は完全に固まってしまいました。迷ってしまったんです。

私は、父の最期に会話が叶わなかったことをずっと後悔していました。母の意識は、モルヒネで痛みを麻痺させたことで、一時的に回復しました。このまま手術中に亡くなってしまうくらいなら、手術をせずに、ゆっくり最期の会話をした方がいいんじゃないか。そんな思いが頭をよぎってしまったんです。

でも、どうしても、母のことを諦められませんでした。私は手術同意書にサインしました。