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日本人の不毛な働き方を激変させる?「同時編集」を私が薦める理由

「責任の牢獄」から抜け出せ!
西川 アサキ プロフィール

この話をすると、誰かが直した場所を、また別の人が直して、それを元の人がまた直し……というループが起きないのか?と聞かれたりします。実体験的には起きません。おそらく、その手のトラブルが起きる原因は、「作業後の結果」を、「作業中という中間状態の文脈」を共有せず、事後的に付き合わせることなのではないでしょうか?

全てが終わった事後に突き合わせるのではなく、両方が直す権利も義務もある中間状態にいながら相対しているので、事後レビューからくる推測とは、かなり違いがあるのです。

作業後のレビューは、一方的な問題点の指摘にならざるをえないことがあり、どうしてもレビューする側が強い力を持ってしまいがちです。ですが、同時編集ではそもそも一緒に作業をしているので、結果として「なぜ、そんなことも気づかなかったんだ!」という類の恫喝が難しくなります。「その場にいたのに、あなたこそなぜ直さなかったんですか?」となるだけだからです。

「システム」としての同時編集

さて、新しいことをやってみると色々欲しいものが出てきます。

まず、編集を促す仕組み。同時編集をしていても、皆が常に活発とは限りません。なんだか一部の人しか活動しないなあ……という時はあります。それをマイルドに活性化する仕組みはないものでしょうか?

たとえば文書改変ごとに暗号通貨で報酬を返すマイクロペイメントみたいなシステムがありえます。しかし、そんなことを始めると、無意味な編集を繰り返して報酬を得ようとする不逞の輩が現れるかもしれません。

想定しているのは一つの組織なので、そこまであからさまなチートは難しいでしょうが、チートかどうか判定するのは結構難しい書き込み、ぐらいは可能性があります。おそらく編集の効果を書き込みの回数や量で把握しようというアプローチは近似的には正しいのですが、問題も多いのです。

幸い、最近のAIは以前に比べ、相当意味に踏み込んだ文書解析ができるようになりました。

Googleの自動翻訳に使われているAIは、文脈による単語の意味を判断するため、現在翻訳中の箇所に関連する前後フレーズや単語に注意を向け、記述は同じでも違う意味の言葉を訳し分けるようなことを、ルールをこちらが教えなくても既にやっています。

同時編集のチートや効果を評価するのは、恐らく論文のインパクトを測るようなタイプのタスクです。そこには、たとえば「量は少なくともそこから大きな文脈の変化が起きるような変更は重要」などの評価基準があるでしょうが、そういう判断をある程度自動化できる可能性があるわけです。

自動化した場合、客観性の担保という問題は発生しますが、とりあえずそれを別にすれば、それなりに文脈や意味を把握した自動編集インパクト追跡&報酬システムはすでに実現可能な技術段階にあります。