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日本人の不毛な働き方を激変させる?「同時編集」を私が薦める理由

「責任の牢獄」から抜け出せ!
西川 アサキ プロフィール

一つの文章を、一斉に書く

筆者はここ数年、現状にパッチを当てるのではなく、全然違う社会制度を色々と妄想する集団(Vection https://vection.world/)を作り、週末ネット上で集まっては議論しています。いわば「俺らの考える理想の地球連邦政府」を設計する遊びです。
が、筆者にとっては投票に行く以上に真面目な政治活動でもあります。

実はそこで、文書やスライドを題材に、「開発の地図共有」と似たようなことを試みています。

具体的には、執筆中の文書やスライドをGoogeDocsというサービス上で作り、Skypeで会話しながら同時に編集します。GoogleDocsは、Microsoft Officeのクローンをブラウザだけで動かせるサービスですが、面白いことに「一つのファイルを同時に複数人で開いて、一斉に作業」できるので、「ファイル」を「地図」と見立てて作業場にしているわけです。

普通のファイル共有では、誰かが作ったファイルを別の人が次に開いて直す、もしくは賢いバージョン管理システムが、別々に編集したファイルを矛盾しないよう統合してくれるぐらいでしたから、この「同時編集」機能には何か可能性を感じました。

「一つのファイルを同時に編集する」といっても、たとえばプレゼンテーション用のスライドを作るなら、あるスライドを太郎さんが、別のスライドを花子さんが同時に書き込む、というようなものだろう、と思うかもしれませんが、違います。

一枚のスライドですら、複数人(たとえばVectionでは四人)で同時に書き換えてしまうのです。

同時編集中は、色の違う他人のマウスカーソルが見えているため、大体どの辺が「衝突」しそうかアタリがつきます。マウスや編集箇所がぶつからないように避けながら、空いていそうな場所を編集するのです。が、時には同じ文の前と後ろを同時に変えてしまったりする事故も起きますし、偶然(?)それでも意味が通じたりします。

昔、筆者がナポリに行った時、車の行き交う信号がない道路を、現地の人がなんとなくいい塩梅で渡っていく、というのを最初うまく真似できなくて困ったことがあります。そんな感じです。あるいはオンラインゲームで、一体のボスを皆で相手にしている感覚でしょうか。

実際の作業結果(これはスライドではなく文章ですが)が

http://ekrits.jp/2019/03/3046/

にありますので、どの程度のものができるのか興味がある人はご覧ください。

責任と無責任のあいだ

上のファイルを作る時、最後まで「誰か一人が責任を持って最初から最後まで見通すフェーズ」を作りませんでした。

もちろん、そういう責任分担なしに整合性のある文章ができるのか実験したいという意図があったからです。が、すでに作業中から、自分の文章が知らないうちに上書きされていき、にもかかわらず全体の整合性は、「誰か」がキープしくれているという不思議な感覚が芽生えていたからでもあります。

間違いは放置しても誰かが直す。

これは、「誰か(たとえば上司やクライアント)に指摘されるかもしれないから、絶対にミスをしてはいけない」という感覚とちょうど反対の、現代では珍しい奇妙な安心感です。大袈裟に言えば「個人と責任の牢獄から抜け出た気分」です。

それは多分、集団で一つのプログラムを作るオープンソースソフトウェア開発のような世界では暗黙に共有されているような気分でしょう。ですが、個人・責任・分業、という枠組みの中で作業してきた人には新鮮な印象かと思います。