「醜いマウンティング」は何故なくならないのか? ある社会学者の考え

サムナーの「社会学」を読む
佐藤 優 プロフィール
William Graham Sumner (1840-1910)/Photo by gettyimages

そして、競争に適応できない人々は滅びることになると主張する。

〈原住民が、過去においてそうであったように、将来においても大量殺戮されることはありえないが、たとえばわがインディアンのように、宿命的なディレンマに迫られると、事態はそれ以上に悪い。

 

彼らはもはや今までのやり方では生きてゆけない。慣れぬ労働や機械技術によって暮らしてゆくことをおぼえなければならない。そこでディレンマに直面する。つまり文明的な産業組織に入ってゆくべきか、それとも死に絶えるべきか。

人間が今もなお、文明がなくとも平和に暮らしてゆくことが可能であるならば、人間は文明など作り上げなかったであろう。人間を無理強いしてきたのは、自然作用という鉄の拍車であり、自然作用の一つの形態は、一部の人間が自分たちより弱いものを攻撃することであった〉

新たな技術に適応できない人々が滅びることも、強い者が弱い者を攻撃し、淘汰するのも自然の法則なので、それを阻止することはできないとサムナーは考える。

自己過信が破滅を誘う

戦争の社会学的性格についてサムナーはこう述べる。

〈過去においては実際問題として、戦争は非合理的な自然作用に大きな役割りを果たしてきたし、そのためにいろいろのことが起こってきた。しかし自然作用は恐ろしいものである。自然作用には個人の感情や利害関係の入り込む余地がない―というのも、感情や利害関係をもっているのは個人だけだからである。

自然作用は苦しみも感じなければ、哀れみも感じない。もしわれわれが自然作用を恐ろしいと感じるならば、そこから逃れる道は一つしかない。それは人間がこれまでいつも、ある程度まで自然作用を逃れてきたやり方である。それは知識、合理的方法、技術などによる方法である。

これまで、戦争の機能について示されてきた事実は、人間の理性や良心にとって気やすめになってくれるものではない。その事実は、われわれの福祉が高尚で知的な努力に負うものであると同時に、卑しい熱情に負うものでもあることを示しているように見える。今日の時点では、事情はそれ以上よくなっているようには見えない〉