『いだてん』が描くロス五輪、青春の美しさに心を打たれる

「初々しく、幼い」の魅力
堀井 憲一郎 プロフィール

日系人の若い女性を演じた織田梨沙もよかった。彼女が前畑を応援する姿にこのオリンピック回のすべてが凝縮されている。

前畑秀子を演じる上白石萌歌もとてもいい。彼女が1932年のロサンゼルスオリンピックの若々しさを象徴的に演じている。

ロサンゼルスオリンピックは、たしかに日本選手団にとって(ひょっとしたら世界中の選手にとって)まさに「青春」の時代だったのだろう。

次のベルリンオリンピックはあまりにも「ヒットラーのオリンピック」という側面が強く、その次の東京大会は戦争で中止になった。このあと戦争によってオリンピックの姿が決定的に変わっていく。ロサンゼルス大会はそのぎりぎり直前の大会だったのだ。だからこそ「若く瑞々しい選手たちの活躍」が存分に描かれていた。

日本選手の活躍を誇りにおもって叫んでいた日系人たちも9年後には日米が開戦し、苦汁を舐める生活が始まっていく。そのこともふまえて織田梨沙の姿形を見守っていると、いくつものおもいが胸にせまってくる。

『いだてん』は東京オリムピック噺と題され、歴代オリンピック日本選手の活躍を描いている。同時に、それぞれのオリンピックの空気をも伝えようとしているようだ。

1932年のロサンゼルスは、抜けた青い空のようなオリンピックだった。そういうふうに伝えてくれている。

 

初々しく、幼い。そんな物語

そしてそれは田中英光が描いた小説『オリンポスの果実』に描かれた空気と一致している。若々しく、瑞々しく、未来を信じている者たちの空間である。

この小説の主人公である坂本選手は、何回か楽しく話をしただけで噂になった秋ちゃん(熊本秋子選手)をずっと好きなまま、でも会話することなく、帰国後に手紙を出して、その返事を待っていた。その返事をもらえばやがて二人は結婚するのだろうと夢想している。しかし、返事はなく、かれは左翼運動に傾倒し、別の女性と結婚して、秋ちゃんにもらった杏の実のタネを京城の家の庭に捨てるのである。そして彼は秋ちゃんが自分のことを好きだったのかどうかさえ確信を持てていなかった。そのことを吐露する。

初々しく幼い。そういう物語である。

そしてそれは読む者にとって「1932年のロサンゼルスオリンピック」の若々しさへとつながっていく。

大河ドラマは、田中英光の読者も裏切らない1932年の五輪風景を描き出してくれていた。ドラマ好きにとってはずっと目の離せない物語である。