ロサンゼルス五輪、 女子80mハードルの様子〔PHOTO〕Gettyimages

『いだてん』が描くロス五輪、青春の美しさに心を打たれる

「初々しく、幼い」の魅力

「長い船旅」を経験した若者たち

1932年のロサンゼルスオリンピックといえば、田中英光の小説『オリンポスの果実』をおもいだす。

ロサンゼルスオリンピックに参加した選手の淡い恋の物語である。

ロス五輪に参加した体操日本代表チーム〔PHOTO〕Gettyimages

田中英光自身がボート選手五番漕ぎ手としてこのオリンピックに参加している。二十歳の早稲田の学生である。長い船旅のなかで、女子の陸上選手に恋をする。船旅の前半では、淡く他愛ない交流があり、途中から噂になってそれを禁じられ、ただ、離れた場所から彼女を見つめるだけになる。

見つめるだけの恋心。

なかなか心の奥が痺れるような描写である。そして田中英光はその描写でだけ、小説を描ききっている。

ロサンゼルスオリンピックの印象は、この小説からだと「長い船旅」という部分が強い。

長い船旅と、遠くから憧れの女性をただ眺めているという描写が長いからだ。そして、それだけで一篇の小説が描かれ、戦後になっても長く読み継がれていた。

昭和7年にアメリカに行くということは、何十日もかけて船で太平洋を渡っていくことなのだ、ということがきわめて実感的に感じられる小説でもあった。

大活躍した水泳陣と違い、田中選手のボート競技も、女子選手の陸上・走り高跳びもさほど芳しい成績を残せていない。それでもオリンピック日本代表選手として、あちこちで歓待され、サインを求められている。

小説を読むかぎり、田中英光選手にとって、オリンピック選手としてアメリカの地を踏んだことよりも、走り高跳びの女子選手に恋をして、途中からは声もかけられず、ただ眺め続けていた、ということのほうが印象深かったのだろう。オリンピック選手というのは、常に若者である、ということを強くおもいださせてくれる小説でもある。

 

「青春」としてのロス五輪

『いだてん』第31話ではロサンゼルスオリンピックでの水泳陣の活躍が描かれていた。

男性水泳陣と女性水泳陣の遠慮がちながらも華やいだ交流が描かれていたが、それは『オリンポスの果実』からも喚起されるシーンでもあった。

競技終了後、嘉納治五郎が言い出して、日本泳法を紹介していた。このシーンがよかった。泳げないと言われていたマアちゃんこと田畑政治もふんどし姿になって、抜き手を見せていた。

「マアちゃんも泳げるんや」と前畑秀子らの女性選手が噂し合っているシーンが、この男女で選手団を組んでいる空気を少し伝えていたようにおもう。『オリンポスの果実』の空気である。