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生きるために「まなべ」! 17歳に伝える、学校よりも大切なこと

高橋源一郎が行きたかった「教室」
作家・哲学者・宗教家など、個性豊かな先生たちが高校生を相手に行う「特別授業」を書籍化するシリーズ「17歳の特別教室」が、8月27日に刊行を開始しました。その先陣を切る高橋源一郎氏が、シリーズへの思い入れを語ります。
 

人生でとても大切な「まなび方」

知り合いの編集者から「17歳の特別教室」の企画を聞いたとき、ぜひやりたいと思った。「17歳」の若者たちを前にして、何かを教える。何かを伝える。それはとても特別なことだからだ。そして、出来あがったのが、この『答えより問いを探して』だった。

素晴らしい思想家であり哲学者でもあった鶴見俊輔は、最高の教育者でもあった。彼は『教育再定義への試み』の中でこんなことを書いている。

「もともと学校と私とは相性がわるい。かぞえてみると、小学校6年、これはかろうじて卒業した。中学校1年、そこを退校して別の中学校に2学期、それでいったん終わり。アメリカに行って、予備校1年、大学2年半。合計11年である。
 だから学校にあまり行っていない人と、気があう」

最後のところが好きだ。わたしは、小学校では転校の連続で、学校とはいつも見知らぬ他人と出会う場所、なじむのに努力する場所だった。中学・高校は徹底した受験校だったので、学校は単に受験知識を仕入れる場所だった。

そして、大学はほとんどといっていいくらい授業に出たことがなく、卒業もしていないので、ただ通過する場所だった。そのせいだろうか、わたしも、「学校にあまり行っていない人と、気があう」のである。

とはいっても、学校なんか無意味だ、といいたいわけではない。「学校にあまり行っていない人」の「まなび方」こそ大切なのではないか、と思うのだ。

鶴見さんは、さっき引用した文章の続きで、こんなことを書いている。

「17歳の夏休み、ニューヨークの日本図書館ではたらいているときに、ヘレン・ケラーが手話の通訳とともにその図書館をたずねてきた。
 館長が、宮城道雄の『春の海』のレコードをかけると、ヘレン・ケラーは、蓄音機に手をふれて、そのふるえから何かを感じて、音楽についての感想をはなし、偶然、私に質問して、私がハーヴァードの学生だとこたえると、自分はそのとなりのラドクリフ女子大学に行った、そこでたくさんのことを『まなんだ』が、それからあとたくさん『まなびほぐさ』なければならなかった、と言った。
 たくさんのことをまなび(learn)、たくさんのことをまなびほぐす(unlearn)。それは型どおりのスウェーターをまず編み、次に、もう一度もとの毛糸にもどしてから、自分の体型の必要にあわせて編みなおすという状景を呼びさました。ヘレン・ケラーのように盲聾啞でなくとも、この問題は、学校にかよったものにとって、あてはまる」

ヘレン・ケラーは盲聾啞で、文字を覚えることからとてつもない努力が必要だった。ふつうに学校に行くものとは違う困難を彼女は抱えていた。この人こそ、ほんとうの意味で「学校にあまり行っていない人」だった。