小さな部屋で質素な食事でもいい

レストランに招待するのとは、価値がちがう。たとえ最高ランクの三ツ星レストランに招待したとしても、自宅での接待にはかなわない。お世話になっている人、大切な方々に日ごろのお礼や感謝の気持ちを表したいなら、自宅にお招きする以上のおもてなしはない。たとえ小さな部屋でも、立派な家具調度がそろっていなくても、招く側に誠意があればそれでいい

フランスで暮らしはじめて私は、人と人が出会い付き合いはじめてから親密さの度合いを深めていくプロセスで、相手を自宅にお招きすることの重要性を知った。そこにはこんな狭い家だからとか、料理が下手だからというエクスキューズが入り込む余地はない。あるのはただ、付き合っている相手に自分をどこまで知って欲しいかという熱意だから。その人の自宅に呼ばれたか否かが、おたがいの信頼関係を決定づけるのである。

招いたり招かれたりの関係には、きっかけが大きくものをいう。フランスはカップル社会だから、呼ぶ方も呼ばれる方もカップルというのが原則だ。そうなるとまずカップルが誕生し、二人の関係がそれなりに確かなものになった時点で親友たちを招く。二人が一緒に暮らしはじめたアパートへの引越しを契機に、新居のお披露目をかねてというのが、大人としてカップル社会にデビューする第一歩になる。

ダニエルとヴァスチャンが一緒に暮らしはじめ、引越しをすませると、毎週末に、彼らは親しい方々を招いた。光栄なことに私たち夫婦がトップバッターだった。彼らの新居の様子を知りつくしている私は、あらためてご招待といわれ、こそばゆい思いをしながらも、着替えていそいそと出かけていったのである。

赤の他人を招くわけだから、どんなに内輪のパーティーといえども、同席するメンバー選びはむずかしい。呼びたい人たちの顔を思い浮かべ、性格を吟味したうえで相性を考慮し、その晩の段取りをする。若い二人は考えたすえ、ヴァスチャンの叔父さんでパリに住んでいる夫婦と、私たちを一緒に招待した。長く新聞社で特派員をしているロベール氏と、リセの歴史教師のジョアン夫人だった。年かっこうといい職業といい、日本へもきたことがあるという叔父さん夫婦は、私たちにとって同席するに願ってもない顔ぶれにちがいなかった。

立派な部屋や家具、豪華なご馳走がなくても、自分を知ってほしいという想いと配慮がなによりのおもてなしになる Photo by iStock
日本が大好きだから、そしてフランスも大好きだから、そのいい所を思う存分真似したら、もっと幸せになるんじゃない? 底抜けに明るく優しく、かつ鋭い視点をもつ吉村葉子さんが20年間のフランス生活を振り返ってまとめたエッセイ集。考え方ひとつで不幸だと思っていたことも幸せになるし、人生は楽しくなる!