カップル社会フランスの、
理にかなったエチケット

それでも恋人ができると、学生たちはごく自然に同棲生活をはじめる。二人が住むのに、屋根裏部屋ではさすがに狭い。二人で家賃を出し合い、少しだけ大きい部屋に引っ越していく。ストゥディオと呼ばれているワンルーム、シャワーとトイレ、キチネットという小さなキッチンが付いた部屋を探して引っ越していく。ラッキーにも同じ建物の中で、屋根裏部屋からワンルームに移るカップルもいた。

小さな部屋には、大学近くの集会所よろしく、いつもの若者たちが集まる。昼食に友達と連れ立ち、どやどや大勢で階段を上っていっては、午後の始業時間前に、またどやどやと階段を下りていった。パリに一万軒以上あるといわれているカフェのコーヒー代は、諸物価に比べてかなり安いと思うが、学生たちはむやみに入らない。たとえ150円のコーヒー代にしろ、自分の部屋で飲めば、お金を使わなくてすむからだ。

あるとき、前章にも登場した屋根裏部屋から同じ建物のワンルームに引っ越した、ダニエルとヴァスチャンの学生カップルに私たち夫婦は招待された。ヴァスチャンのことを私は、彼が屋根裏部屋に住みはじめてすぐのころから知っていたが、夫はまったく知らなかった。彼は私などよりレベルの高い会話がこなせたが、古来の日本男児の見本のような彼は、面倒臭がり屋の社交下手。しぶる夫をどうにかなだめ、ベッドと小さなテーブル、小型テレビがあるだけの若いカップルの1Kの部屋を訪問したのだった。

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人を招くのも好きだが、よそのお宅に伺うのも好きだ。だが、さすがにそのときばかりは緊張した。ダニエルもヴァスチャンも、わが家にはよくきていたから、気心は知れている。彼らのとことん質素な生活を知っていたからこそ、とても恐縮した。一緒に食事をするのなら、私の手料理を食べさせたいと思いながらも、若い二人のご招待を快く受けたのである。

ダニエルとヴァスチャンは引越しを機に、世話になっている私を新居に招き、心からのもてなしをしたかったのだろう。フランス人にとって人を自宅に招くということ自体が、一人前の大人として認知されるための第一歩なのである。そうすることがカップル社会フランスの、理にかなったエチケットでもあるからだ。

大人の仲間入りを果たし、嬉しさと不安で一杯にちがいない彼らが、地方の両親たちよりも先に私たちを呼んでくれた気持ちを思えば、こちらとしても喜んでおこたえしなくては。その晩、私は仲間のお宅を訪問するときのように、よく冷えた大瓶マグナムのシャンパンを持って、彼らの部屋のドアをたたいた。