表面的なセックスの知識では伝わらない

同様に、性がひとの愛と尊厳とに深く関わる問題であり、秘めればこそ尊いものでもあり、かといって恥ずかしいものではなく、むしろ神聖な概念であることを、実感と信念とをもって伝えなければ、本当の性教育とはいえません。

しかも性とは、そもそも言語化できないものの最たるものですから、テキストや言葉で伝えきれるものでもないと思います。時間をかけて少しずつ、子供の血と肉に染み込ませていくしかありません。

アメリカの心理学者が著した『パッショネイト・マリッジ』という書籍に次のような一節が出てきます。

子ども達に性欲とエロティシズムの相互作用を示すことができなければ、どうやって年齢と成熟が性的に有利に作用することを伝えればいいのだろうか?
子ども達に初体験を遅らせてもらいたければ、セックスがどんな存在になり得るかを子ども達が理解する助けになるような、意味深い理由を説明しなければならない。
セックスにはテクニック以上のものが含まれていること─それによってどんどん進展してゆくものだということ─を示さなければならない。

(中略)

子ども達にこう言える親は、ほとんどいない。「お父さんとお母さんは、もう二十年もセックスし続けてる。でも、やっと上手くできるようになったばかりだ。長い時間がかかるのだよ。慌てることはない」多くの人は、性的な最盛期に到達しない。到達する人も、四十歳、五十歳、六十歳台になるまでは到達できない。本当に意味深いセックスは、生理的な反射作用よりも、人間的な成熟度によってもたらされる

このことをつゆとも理解していない大人が、表面的にセックスについての知識だけを語っても、おそらく子供たちの心には何も響かないでしょう。

セックスが単に生理欲求による行為のみではなく、その根幹に愛情や尊敬があって人間的な成熟があって素晴らしいものになるのだと理解できれば、大切にしようという気持ちも芽生えるのではないだろうか Photo by iStock