外食や中食の選択肢が豊富になった

しかし、性別役割分業を前提とした企業システムは、次第に時代遅れとなっていく。1970年代に盛り上がった世界的な女性運動により、1979年に国連で女子差別撤廃条約が採択され、批准した日本でも1986年に男女雇用機会均等法が施行される。

その後平成になって長い不況に突入し、男性の稼ぎが少なくなった結果、日本は共働き社会へと移行していく。専業主婦が既婚女性の少数派に転じたのは、1990年代。晩婚化と少子化も進み、離婚再婚も珍しくなくなっていく。こうして平成は、女性たちが再び生活のためにフルタイムで働く時代になったのである。

フルタイムで働きながら、専業主婦のように手が込んだ日替わり献立を整えることは難しい。そのため、働く女性が増え始めた1980年代から、メディアで時短料理が盛んに紹介されるようになる。プロセスを大胆に省略する料理法を紹介した小林カツ代は、時代の寵児になった。

〔PHOTO〕iStock

平成になって、もう一つの変化が食卓に影響を与える。それは、外食や中食の選択肢が豊富になったことである。

冷凍食品やレトルト食品などの加工食品は、高度成長期以降に発売され、取り入れられるようにはなっていた。中食が充実するのは、1970年代にコンビニ、持ち帰り弁当店が登場してからである。1980年代には全国にコンビニが広がり、スーパー、デパ地下でも総菜が売られて人気となっていく。

敷居が高かった外食も、1970年代にファミリーレストランが、1980年代に回転ずしが広がり始め、選択肢が増えていく。バブル期にレストランへ行くことが流行ったことやグルメ情報を発信する雑誌が次々とできた結果、外食に対する心理的なハードルも下がり、家族そろって外食することも特別なイベントではなく、日常の一部になっていく。

その結果、平成になると、中食と外食が食費に占める割合が4割を超えるようになる(食の安心・安全財団の食の外部化率の調査より)。