メディアが主婦に教えたこと

そしてこの頃、台所の環境も大きく変化した。

水道やガスが各家庭に各家庭に引かれて、水くみや火おこしといった作業がなくなる。板の間でコンパクトな新しいキッチンは、土間の広い台所と比べて作業しやすくなった。冷蔵庫が入り、肉なども保存できるようになった。食糧増産などにより、食材の選択肢も豊富になった。台所が働き甲斐のある環境になり、主婦の地位を得た女性たちは、張り切って料理をした。

長い窮乏生活を強いた戦争の後、訪れた豊かな時代は、主婦たちが台所の担い手であることを「本業」とする動機を与えたのである。

新しい環境で、今まであまり使わなかった食材を使って料理する女性たちのガイド役を務めたのは、テレビや雑誌などから発信されるレシピだった。

当時、主婦になったばかりの戦中戦後育ちの女性たちには、食糧難を経験した子ども時代、十分な料理指導を母親から受けることができなかった人が大勢いた。

また、高度成長期には大勢の若者たちが田舎から都会に出たため、遠く離れた母親から料理のアドバイスをもらうことができない都会の女性も多かった。当時は電話がない家もあり、気軽に電話で相談する環境もなかったのである。

『きょうの料理』や『主婦の友』などが伝えた料理は、昔ながらの和食より、ハンバーグやコロッケなどの洋食や、ギョウザ、春巻き、炒め物などの中華が中心だった。

メディアが教えた新しい料理は、飲食店で出されるような手が込んだものも多く、外食が身近でなかった主婦たちは、そういう珍しい料理を自分で覚えて食べられるようにした。

メディアが教えたのは、レシピだけではなかった。主婦たちは、メディアから一汁二菜や一汁三菜の品数を毎日そろえること、献立は日替わりにするべきこと、彩りや栄養バランスを考えること、愛情をこめてていねいにつくるべきことなどを学んだ。

こうして和洋中の料理が日替わりになった結果、1970年代後半~1980年頃には、栄養バランスが整った食生活が広がった。