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「愛国」とは自国礼讃ではない…日本を「溺愛」する人に伝えたいこと

「愛国」という考え方の歴史

「愛国」という言葉、使用頻度の激増

日韓関係が緊張を増している今日、日本国内で愛国ムードが高まっている。それが証拠に、ツイッターでは分刻みで「愛国」という言葉が飛び交っている。しかし、愛国への関心の高まりはごく最近の現象ではない。

最近公刊した拙著『愛国の構造』(岩波書店)で指摘したように、「愛国」という用語を含む雑誌記事は、1990年代後半から戦後初めて急激に増加し始めた。教育基本法改正問題で揺れた2006年にピークに達したのちは、やや沈静化の傾向が見られる。しかし、現在でも、戦後まもなくのレベルを超える高水準を保っていることにかわりはない(図参照)。

現代では「愛国」という言葉をメディアで目にすることが、戦時中と変わらないほど日常的になっているといっても過言ではない。

だが、そもそも愛国的であるとはどういうことなのか。「愛国」とは、すなわち、ナショナリズムである、という理解が一般に広く流通している。しかし、このような認識は歴史的にいえば、必ずしも正しくないことを読者はご存知だろうか。『愛国の構造』と同時に刊行した拙著『日本国民のための愛国の教科書』(百万年書房)で平易に解説したが、その一部をここに粗描しよう。

日本人はいつ「愛国」という言葉を使い始めたか

明治時代が幕を開けたとき、日本の政治的・知的リーダーたちにとって、日本が近代国家として出発するための課題のひとつとは、日本人一人ひとりに愛国心を一日も早く持たせることだった。すなわち、明治初期の日本人は、愛国心など全く持っていなかったのである。

なぜなら、明治初期の日本人の大半にとって、愛国心とはそれまで聞いたことのなかった概念だったからである。そもそも「愛国」という言葉は、徳川時代以前の文献にはほとんど登場しない。日本人の多くは1891(明治24)年になっても、思想家・西村茂樹が“日本人の7、8割は愛国心が何であるかもわからない”と慨嘆するような状態にあったのだ。

 

ところが、日清戦争を経た1890年代後半に入って事情は一変する。フランスの宣教師リギョールは1898(明治31)年にこう書いている。「世界に国を成すもの沢山あり、然れども日本人程愛国々々と叫ぶ者は未だ嘗て見たることなし」。世界には国がたくさんあるが、日本人ほど「愛国、愛国」と絶叫する国民は見たことがない、というのである。日本人が愛国的な国民に生まれ変わったのは20世紀が始まる寸前のことなのだ。