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井上陽水の名曲が日本人の心を魅了する「これだけの理由」

『傘がない』を英語で何と訳しますか

井上陽水の名曲『傘がない』『少年時代』をはじめとする50曲の対訳をまとめた『井上陽水英訳詞集』(講談社)が人気を集めている。発売中の『週刊現代』では、この本について、著者であるロバート・キャンベル氏のコメントと共に特集している。

 

「誰の」傘なのか

「陽水さんの作る楽曲が素晴らしいのは、聴くたびに違う景色が浮かび、新しい世界に誘ってくれるところだと私は思います。

オセロのように白か黒かの世界ではなく、歌詞のストーリーに文学的な広がりがあるんです。日本語の魅力である『あいまい』な世界を巧みに描いているのが、今でも多くの人を惹きつける理由でしょう」

こう語るのは、日本文学研究者で国文学研究資料館館長のロバート・キャンベル氏だ。

キャンベル氏は愛聴するシンガーソングライター・井上陽水の楽曲を英訳。『傘がない』『少年時代』をはじめとする50曲の対訳をまとめた井上陽水英訳詞集(講談社)が今年5月に発売され、現在もじわじわと人気を集めている。

明治大学教授の齋藤孝氏は、キャンベル氏の英訳を読んで、井上陽水の歌詞に隠された「優しさ」を再発見したと語る。

「たとえば、1984年リリースの『いっそ セレナーデ』。曲のタイトルに『いっそ』とつけること自体珍しいですが、陽水さんは『いっそ』は『セレナーデ(小夜曲)』の持っている優しさなのですと、やや含みを持った指摘をしています。

これを受けてキャンベルさんの英訳を読んでみると、『A Just-so Serenade』となっている。『いっそ』の『そ』と『so』で対応させ、優しくも丁寧な響きを英語でも維持しているのが見事だと思います」

日本語を英語に訳すとき、難しいのは省略されている主語をどのように補うかだ。ポップス、特に井上陽水の歌詞では、主語が「I(私)」なのか「You(あなた)」なのか「We(私たち)」か、それともまったく違うのか、わからないものも多い。

たとえば『夢の中へ』('75年発表)。『Into Our Dreams』と、「Our(私たちの)」を加えて訳すことで、一人でも誰かとでも、実際に夢の中へ飛び込んでいくようなイメージに英語で聞こえるのだという。

このように、主語の訳し方次第で歌詞の意味がガラリと変わることもある。