「エビデンスで殴る」というやり方は、なぜうまくいかないのか

「エビデンスに基づく医療」から考える
斎藤 清二 プロフィール

「裁く」と「祝福する」は両立する

ここまで述べてきたような「エビデンスを利用した、個人も集団も尊重する適切な意思決定」の実例として、2018年12月に日本プライマリ・ケア連合会(PCA)が厚生労働省に提出した要望書と、医療従事者および一般の方々に向けて公表したメッセージを挙げることができるだろう。文書の骨子は以下のとおりである1

(1)HPVワクチンはヒトパピローマウイルスの感染率を大幅に低下させ、子宮頸がんの前がん病変の頻度を大幅に低下させるというエビデンスがある。浸潤癌の頻度を低下させるというエビデンスは現時点では不十分であるが、病態生理からの推定によって子宮頸がんによる死亡の減少を期待できる。その理由からHPVワクチンの積極的推奨を再開することを要望する。

(2)HPVワクチンそのものとHPVワクチン接種後にまれに出現する多彩な症状との因果関係は現在のところ実証されていない。しかしこれは両者が無関係であることが実証されたということではない。

(3)PVワクチン接種後の症状に苦しむ人たちに、ワクチンとの因果関係の有無とは関係なく「苦しむ患者は全て等しく十全なケアの対象である」との理念に基づいて、プライマリ・ケア医として真摯に診療を提供するとともに、こうした接種後の症状への診療体制整備に協力し、改善点を模索することにPCAは積極的に関わる。

HPVワクチン接種後の多彩な症状を呈する患者さんをどう考えるか、HPVワクチン接種の積極的推奨をどうするのかについては、現在のところ未だに激しい意見の対立が続いていることも事実である。しかしPCAのこの見解の公表は、集団についての最善を目指す意思決定への努力と、個別のケアへの真摯なコミットメントは両立するということを示しているのではないかと思う。