# マネジメント

男女同比率人事の「強要」が日本企業のマネジメントを破壊する可能性

社会は合コンのためにあるわけじゃない
大原 浩 プロフィール

その時感じたのと同じ感情を彼ら「弱者ブローカー」に感じる。

弱者の人々が求めているのは「他の人々と対等」に扱ってもらうことであって、決して特権を得ようというようなことではない。

しかし「弱者ブローカー」にとっては、そのような「特権」が飯のタネであるから必死に追い求める。

だが、そのような行為は、「特権」を獲得した弱者に対する世間の印象を低下させることによって、長期的には弱者に不利に働く。

それでも、「弱者ブローカー」にとってはそのようなことはどうでもよく、自分たちの利権が大事なのだ。

「寛容な社会」の行方

例えばEUは、女性役員の割合を2015年までに30%、2020年までに40%にするよう定めた。このような馬鹿げた決まりに抵抗する国もあるが、イタリア・ベルギー・フランスなどでは法定化された。

このような、機械的平等の強制は、すでに述べた様に能力が無い人間が役職につく確率を高める。

 

また、弱者とされる女性のうち、このような規制が無くても役員になれる実力のある人材も「女性枠のおかげで役員になれたんだよね……」と陰口をたたかれるようになる。

まさに、規制・法律・特別措置が新たな差別の原因になるのだ。

また、そのような特別枠が、他者(この場合は男性)の権利を侵害するという点も重要だ。

役員として十分な能力のある男性が、女性のための特別枠のせいで役員になる機会を奪われるのは、明らかな「逆差別」である。

歴史的に見て、現在は「極めて弱者にやさしい社会」である。それは大変素晴らしいことだが、その社会のやさしを逆手に取った「弱者ブローカー」がはびこっているのも事実である。

「寛容な社会」も、弱者ブローカーによる逆差別などの横暴が続けば気持ちが冷めていく。

筆者が小学生の頃、ボスザルの横暴に耐えかねて子ザルに餌をあげるのをあきらめてしまったように、弱者ブローカーの横暴によって社会が弱者(子ザル)を見捨てることがあってはならない。