# マネジメント

男女同比率人事の「強要」が日本企業のマネジメントを破壊する可能性

社会は合コンのためにあるわけじゃない
大原 浩 プロフィール

管理職・役員が平社員より偉いわけではない

筆者は、新入社員の頃から「役職・役割が違っても、企業の一員としての立場は皆平等だ」と考えるかなり生意気なタイプであり、企業という組織に結局同化できなかったのはそのせいかもしれない……。

今でもその考えは変わらない。大会社の社長であっても、平社員であっても、役職・役割の違いに関わらず、企業の一員としての立場は同じはずである。それぞれが、それぞれのポジションで与えられた役割を果たすから企業が成り立つのだ。

つまり、1人のスタープレーヤーや、異常なほどの高額報酬を受け取る一握りの役員の果たす役割は過剰に評価されており、一般従業員の価値は過小評価されているのだ。まず、是正すべきは、役職員の過剰報酬や一部の人間をスター扱いすることである。

 

それに対して、企業の女性役員が少ないことを、例えば女性役員比率を40%にするなどという「一定数の機械的枠組み」で変えようとするのは誤りである。

まず、そのような手法を主張する人々の考えの根底には「役員は偉い」という考えが潜んでいる。もちろん、役員は企業組織の指揮系統の上位に位置するが、中国共産党のように専制的であってはならないのは当然だ。

ピーター・F・ドラッカーは、これからの「知識社会」では、部下の方が豊富な知識を持っているのが当たり前(部下はそれぞれの分野のスペシャリストだから、その分野の知識があるのは当然)になるから、マネジメントに関わるものは部下のやる気を最大限に引き出すのが最も重要な役割であると述べている(7月11日の記事「人工知能時代に生き残るのは、意外と『こんな上司』だった」参照)。

そして、そのマネージャーの権限の源泉は「責任」にあると看破している。つまり、専門知識にすぐれた部下が仕事をする中で、万が一失敗した時に責任を負うのがマネージャーであるということである。

だからこそ、部下は安心して仕事ができるし、マネージャーについていけるというわけだ。