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# マネジメント

男女同比率人事の「強要」が日本企業のマネジメントを破壊する可能性

社会は合コンのためにあるわけじゃない

「機械的な枠」問題

さすがに筆者の年齢になると、お呼びがかかることはまずないが、合コンは「ワクワク・ドキドキ」の楽しい場である。

そして、この合コンの幹事の最大の課題が、「男女同数にそろえる」ことである。例えば男性5人対女性4人の合コンというのも気疲れする。女性が3人だとしたら男性間の血を見るような争いも頻発するだろう。

もし、男女の立場が逆であっても同じことである。

だから合コンで「男女同数」にするのは「当然」といえ、もし幹事がそれに失敗したら囂々の非難を浴びても仕方があるまい。

 

また、最近はあまりそのような機会はないのかもしれないが、筆者が高校生の頃は学校行事でフォークダンスを踊ることがよくあった。

フォークダンスは円になって、男女のペアが次々とかわりながら踊る。純真無垢な高校生にとって、公然と女の子の手を握って踊れるファークダンスは、まさに「天からの恵」であったのだが、男女の数が合わずに「男・男」のペアにときどきなる。その時には、まるで地獄に突き落とされるような気分であった……。

「女・女」のペアの場合は、日常でも手をつなぐ女子が結構多かったからそれほどでも無かったのかもしれないが、それでも「男・女」のペアの方が望ましかったはずだ。

このようなケースで、男女同数にこだわることに全く異論はないが、企業の取締役や幹部の場合はまったく別である。

もちろん、能力がある女性を不当に差別すべきではないが、「機械的な枠」を設定して「結果の平等」を追求するのは、差別の解消どころか「差別の助長」になるということである。