「貧困の再発見」から10年、日本社会はどう変わったのか

複雑化する現実、今語るべき理想
大西 連, 望月 優大 プロフィール

誰が支援の担い手となるべきなのか?

望月:支援の中での現状の課題はなんですか?

大西:支援のリソースが圧倒的に足りていない。もやいも、ボランティアや寄付でやっているとはいえ限界があります。年間4000人の生活困窮者からの相談に対応しているので、一人にかける時間やエネルギーはどうしても下がってしまう。

制度は制度で、マスに向けて作られるものじゃないですか。ある問題を抱えている人がいるとして、例えば障害福祉サービスの場合は、手帳を取得すれば適応されるけど、これから取得する人に対しては、いくら困っていても取るまでサービスを使うことができない。「寄り添う」「伴走する」など、いろいろな言葉があるけど、施策はまだまだ圧倒的に追いついていません。

加えて、人材も育成できているとは言えません。これを地域のボランティアが代替できれば大転換で、実際、専門性を追求せず、「おせっかいおじさん」が支えるみたいな議論が政府のなかでもあるんですが、僕は若干心配。多様な困難さって、簡単に分かるものじゃないから。

望月:ソーシャルワークはかなりの専門性を必要としますよね。法律や制度、医療、文化や宗教まで様々な知識が要求される。ただ、専門家が対応するとなると、やはりどうやってその人材を確保できるかという問題にぶつかりますね。

大西:現場レベルでも、行政の施策としても、大きなハードルになっているところです。まあ、逆に言うと、これまではそれだけ家族が面倒を見ていたってことなんですけどね。

望月:家族がソーシャルワーカーのような役目を担ってきた、と。

大西:引きこもりの問題も、まさに家族が支えている部分がある。それが難しくなったなかで、どう代替するのか。そもそも代替しなければならないのか。サービスでやるのか。サービスの域を超えて、地域でやっていくのか。地域でやっていくとしたらどうやっていくのか、地域って誰だ、とか。そういう難しいレイヤーに入ってきています。

僕としては正直、この議論は堂々巡りな感じがしていて、もっとシンプルに「お金」の話をすることが大事だと思っているんです。貧困って、シンプルに「まずお金がない」ということですから。根本にある問題を、突き詰めて考えないといけないと思う。

 

「優しいパターナル」でいいのか?

大西:でも、今議論されているのは、ソフト面や対人援助のこと。これって、言ってしまえばパターナリズムなんですが、それって支援者側がちょっと気持ちいいじゃないですか。そこに危機感があるんですよね。

支援者側の人が、頼られるとうれしいとか、ありがとうと言われるためにやっているとか、その人が笑顔になるのが幸せ、とか言っているインタビューなどを見ると、がっかりします。

ある課題を抱えている人がいたとして、その人を支援者が望む(社会の在り方として望む)形での課題解決に向かわせることは、一見、正しいようで、支援と引き換えに「特定の在り方を強制させる」ことでもあります。

例えば、ホームレスの人を隔離施設に入れて「統合」したとして、たしかにコミュニティからの「排除」ではないかもしれないけれど、それは「包摂」ではないですよね。

家族が担っていた機能を、ソーシャルワーカーや地域の担い手に代替させるのが「包摂」かというと、それは明確に違うと思います。

望月:一人ひとりの自由という視点の重要性ということでしょうか。

大西:実際、生活保護でいうと、施設の機能を強化しようという話があります。かつて、ホームレスの人のための施設は少なかった。それが90年代以降、支援団体によるシェルターができていく。それ自体は良いことなのですが、本当はアパートのほうが良いですよね。シェルターって、ずっといる場所ではないのだから。でも今は、その機能を強化しようという話になっている。そしてこれは一見、正しいと思えるかもしれないけれど、ライツベース、つまり権利を中心に考えると違和感があるんです。

確かに、ホームレスの人がアパートに住んだとき、家賃を滞納してしまうかもしれない。でも、まず住めばいいじゃん、と僕は思うわけです。ある人が90%の確率で滞納するとわかっているときに、10%の確率だとしても、「アパート生活やってみない?」というようにしていきたい。でも、ライツではなくニーズベースで考えると、シェルターという選択肢になってしまう。この人は「アパート生活は難しい」と支援者が考え、決定し、その人の可能性やチャレンジを制限してしまうわけです。その人の生活の安定のためと言って。

望月:パターナルな観点からの合理性だけではダメだということですね。

大西:ここに違和感を持つ業界(福祉関係)の人ってすごく少なくて、そこが当事者のための支援になりきれていない点なんだと思う。支援は広まっているし、担い手も増えているんだけれど、究極的に言うと、おっしゃる通り「優しいパターナル」なんですよ。