「貧困の再発見」から10年、日本社会はどう変わったのか

複雑化する現実、今語るべき理想
大西 連, 望月 優大 プロフィール

望月:相談に訪れる方の背景がどんどん多様化してきているということですね。働いている・働いていない、家がある・ないといったわかりやすい区分では見落とされてしまう人たちがたくさんいると思います。働いていても生活するにはギリギリの給料しかもらえていない、加えて家族や地域のような後ろ盾も少ない、そういう状況の人たちです。

大西:そして、その人たちを支える機能が弱っているんですよね。会社は確実な支えにはならないし、家族も地域もそう。国は「地域共生社会」と謳っているけれど、他人のためにどこまでやれるか、というのは不確かだし。そういった生きにくさや閉塞感、先の見えなさを感じている人はたくさんいるのだろうけれど、今現在、とても困っているわけでもなかったりする。ギリギリでやっていけちゃうからこそ、問題が表に出てこないんです。

望月:「火の車でも回ってはいる」という状態で、実際のリスクはかなり高いけれどそうは思っていないという場合も、ということですね。

問題の「複雑さ」が可視化されてきた

大西:さらに、僕らみたいな支援団体は確かにあるんだけれど、相談をするのってハードルが高いじゃないですか。ハードルには物理的なハードルと精神的なハードルがあって。

物理的なハードルで言えば、どこの窓口に行けばいいかわからないとか、制度のことについて誰も教えてくれないしわかりにくいとか。精神的なハードルとして一番大きいのは、まず「困窮している」ことを自分で認めなければいけないということだと思います。他人に知られたくない、とか、恥ずかしい、と思ってしまうとか。これを「スティグマ性(負の烙印)」などと呼びます。

それに、「私より困っている人がいる」という言説を内面化していれば、「自分だけが頼ってはいけない」というマインドにもなり得るし、「税金を使って支援を受けるなんて」という意見だってあるかもしれない。「自己責任論」的な考え方の人もまだまだ社会のなかに多いし、実際にいろいろな“我慢バイアス”が存在していて、それが貧困の問題を複雑にしているのだと思うんです。

 

僕の本では、ひとりひとりの話を大切に書くことを意識しました。僕ら現場の人って、どうしても「清廉潔白な困窮者」を登場させたくなってしまう。そういった「自己責任論」的な考え方や“我慢バイアス”に対抗したいというか、突っ込まれたくない、と思ってしまうので。

でも実際には、家賃を滞納したり失踪しちゃう人もいて、やりきれない時もあります。そもそも支援は、成功・失敗ではくくれない世界です。現実はとても複雑で、自分本位な行動をする人もいるし、裏切られることだってある。それも含めて、本できちんと書きたかった。それは、望月さんが編集長をやっている『ニッポン複雑紀行』もそうですよね?

望月:誰であれ全員が清廉潔白なわけではない、というのは当然のことです。色々な人がいるし、一人の人の中にも色々な側面がある。自分が理解しやすいように、理解したいように他人を見るべきではないと思っています。

話を戻してしまうのですが、相談に来られる方の状況が最近変わってきているというところをもう少し聞かせてください。

大西:例えばセクシャルマイノリティの人からの相談は、もやいの場合、相談者の5%以上というデータがあります。トランスジェンダー、ゲイ、いろいろな方がいて、10年前と比べるとすごく増えているんだけど、10年前にそういった方からの相談がなかったかと言われれば、そうとは思わない。

結局、僕たちがちゃんと理解していなかったし、信頼できて安心できる相談の場を作れていなかったんだと思います。世の中を見る解像度が低かった。

DVや虐待などの暴力の問題もそうです。貧困状態の人のなかには、さまざまなハンディキャップやバックグラウンドを持つ人がいる。そのことに、徐々にですがやっと気がつくことができるようになってきたんだと思います。

実際、社会問題などの課題って、世の中にはたくさんあるんだけど、根底ではつながっているところも結構あるじゃないですか。

望月:そうですね、複合的につながっていると思います。

大西:家にお金がないので進学にハードルがある。病気や発達障害があってコミュニケーションが上手くいかない、だからお金を稼ぎにくい。というように。

以前はもっとシンプルに、労働市場に戻れそうな人にはこういう支援をしよう、戻れそうにない人には福祉的な支援をしよう、ということをやっていたんだけれど、それには限界がありました。健康イコール働ける、ではない、と。

例えば、一見、能力が高くてすぐに仕事に就くことができる人が就職して2~3ヵ月で辞めてしまう。何で辞めてしまったのか聞くとコミュニケーションに課題があり職場でいじめにあってしまったとか。そういう話を聞くことが増えています。

今はむしろ、「労働市場に戻れると判断された人が、なぜまだ戻れていないのか」というように、結果を見て、理由を考えることができるフェーズなんです。そして、そこを丁寧に見ていかないと、支援とは言えなくなってきています。