(左)大西連さん、(右)望月優大さん

「貧困の再発見」から10年、日本社会はどう変わったのか

複雑化する現実、今語るべき理想

認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長である大西連さん。20代の頃から10年近く「貧困」の相談支援の現場を経験し、現在では政策提言なども行う気鋭の若手活動家である。

7月に刊行された『絶望しないための貧困学』(ポプラ新書)は、2015年刊の初の単著『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)を新書化したもの。データをアップデートし、巻末対談も加え、2019年現在の「貧困」について理解するためのヒントを与えてくれる。

そんな大西さんと対談するのは、『ふたつの日本』(講談社現代新書)で“移民国家”日本の実態と建前を、データや制度の変遷など、ファクトベースで丁寧に情報を積み上げ、明らかにした望月優大さん。

初めての対談となるふたりは、貧困や、移民というそれぞれの専門分野をどうクロスオーバーさせ、社会に関する議論を深めていくのだろうか。

(構成:岡本尚之、写真:杉山和行)

社会は変わったのか、変わらなかったのか

望月:自分の本(『ふたつの日本』)は日本における移民・外国人というテーマに焦点を当てていて、特に低賃金の外国人労働者やその家族がこの30年間で急増した経緯について書きました。日本の経済、雇用の状況自体が大きく変わっていくなかで、日系人や技能実習生、留学生など、低賃金で働くことを期待される外国人労働者が増えてきたのだと。

「移民」や「外国人労働者」とテーマ設定すると見えづらくなりますが、日本人をも含む「貧困」や「社会的排除」の問題と深く結びついていると考えています。だからこそ、今日は日本の貧困の現在について大西さんに聞いてみたい。大西さんの新刊『絶望しないための貧困学』のもととなった、2015年の『すぐそばにある「貧困」』の題材は、震災の前後2、3年に大西さんが出会った出来事や経験ですよね。

大西:はい、2008年のリーマン・ショックを経た、2010年から2012年のことを書いています。その時期に僕が出会った人たちのエピソード、当時のデータ、政治の動向など、いろいろな視点を織り交ぜて解説しています。

望月:その時点から「貧困」という視点で見たときにこの社会にどんな変化があったのか。それともなかったのか。まずそこから話を聞けたらと思うのですが。

大西:いいですね、そうしましょう。

“再発見”された貧困

大西:単行本が出たのは2015年なのですが、2010〜2012年は特に、毎日現場に行って相談対応をしていました。それから考えてみると、現在の僕自身の立ち位置や、世の中を見るフェーズが変わったのは事実です。

貧困の話にしても、2010年、2015年、そして今の時点で見ると、大きな変化があります。リーマン・ショック後にいわゆる“派遣切り”があり、2008年~2009年の年末年始の“年越し派遣村”の報道が加熱し、そうしたなかで「日本にも貧困があるんだ」ということが認知された。つまり、問題が“再発見”されたわけです。

望月:「貧困」というテーマ自体が再発見されたのがちょうど10年ほど前だったということですね。

 

大西:2009年に民主党政権に変わって、翌年に湯浅誠さん(もやい創設者のひとり)が内閣府の参与になったのが大きかったと思います。その時期に、貧困の支援をしようという議論が始まりました。そして2011年に東日本大震災があった。震災後に被災地支援などの取り組みが拡がったり、生活困窮者支援という文脈での政策が徐々に整備されるようになったりと、「社会的包摂」はより拡大したと思います。

一方で、震災後にはお笑い芸人の母親が生活保護利用していたことをきっかけに生活保護利用者へのバッシングも起きました。その後、自民党政権が返り咲くわけですけれど、「生活保護の一割カット」が政権公約に入り、ネットを中心にバッシングも過激化。2013年と2018年には生活保護法の改正もあり、状況はさらに厳しくなっています。

望月:なるほど。

大西:一方、同時期の2013年には、子どもの貧困対策推進法も成立しています。子どもの貧困対策はプッシュされていった。就労支援や、学習支援、現場レベルでも大きな変化がありました。

僕たちのところに、一見、困窮しているようには見えない「普通」の人が相談にきてくれるようになったのも、この時期からです。もちろん、以前からさまざまな人が相談に来てくれていたのですが、困窮しているのにそうは見えない人が増えてきている、見える・見えないに関わらず、生活困窮者自体が急速に増加している、そういう実感は確実にありましたね。

「誰でも貧困になるリスク」は現在のほうが、よりリアリティを持って感じることができます。そしてその困難は、とても見えにくくもなっている印象です。なぜならば、「野宿者」などといった、わかりやすい「かたち」ではなく、「ネットカフェ難民」などの一見、住まいがないことがわかりにくい「かたち」が増加していることが知られてきました。

また、「野宿」でも「ネットカフェ難民」でもない、働いているんだけれど給料が低くて生活がやっとだとか、病気になって仕事を辞めて収入がなくなったとか、低所得の人たちの存在も身近に感る機会が増えていると思います。まさに「普通」の人が貧困になっているとも言えます。