2019.09.09
# 働き方 # 化粧品

「自分の枠は、決めない」私が派遣社員からディセンシア社長になれた理由

ポーラHD子会社社長、異色のキャリア
マネー現代編集部 プロフィール

「私たちのブランドらしさは、2つあります。1つはサイエンス。つまり、ポーラ研究所で培われた確かな科学理論と技術を土台に、安全性が担保できる商品づくりが強みです。

もう1つは美意識です。敏感肌専門ブランドでも、ちゃんと伊勢丹にお店を構えて、ちゃんと美しくなれるものを作っているんだ、というイメージも含めてきちんと世の中にプレゼンテーションしていく。この両輪があるからこそ、変わりゆく時代の中でも、敏感肌の女性のインサイトに寄り添っていけるのだと思います」

ディセンシアのイメージ動画

 

筆者も敏感肌で、30歳を超えてからエイジングサインが気になりだしたことをきっかけに、2年前からディセンシアの商品にお世話になっている一人だ。

そして同社の、敏感肌女性のかゆい所に手が届く商品づくりを実感するたびに、「そうそう、こういうのが欲しかった!」と感激して、愛用アイテムはその後も増える一方である。

元派遣社員から、社長に

攻める敏感肌専門ブランド、ディセンシア。

このイメージが強いので、同社を率いる山下さんは、さぞかしバリキャリのやり手社長なんだろう、と思い描いていた。

ところが実際は、拍子抜けするほど自由でユニークな経歴の持ち主だった。

「正直なところをお話すると、社長になりたいなんてまったく思ってもいませんでした。むしろなりたくない、という気持ちの方が強かった。ただ昔から、やるかやらないかと問われると、やる、と言う性格だったんです。それに、社長昇進のお話をいただいたとき、シンプルにありがたいなと思いました。保守的に見える大企業が、私にオファーをくれたんですから」

ディセンシアの立ち上げメンバーとして、派遣社員で同社に加わった山下さんは、2017年3月には同社の取締役、2018年1月には代表取締役社長と、異例の出世街道を歩んできた。

「ホールディングスの社長である鈴木から内示を受けたとき、私は元派遣社員ですよ、と念のため確認したんです。そうしたら、そんなのわかっていると笑っていらっしゃいました。そんなことは関係ない、いいブランドを作りたいからあなたがやってください、と言ってくださったんです」

そう朗らかに笑う山下さん。

ディセンシアに入る前のキャリアは、具体的にどういったものだったのだろう。

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