右・左はもういらない…ルソーとロックで理解する社会の本当の姿

哲学者が語る近代のしくみ
荒谷 大輔 プロフィール

この考え方は実際にいまの社会の前提になっているので、ロックとともに「実際そうだよね」と言いたくなるところですが、待ってください。これはあくまでロックの考える「人間像」から導き出されるもので、その前提抜きに手放しに承認できるものではありません。

このあたりの細かいところは本の方をご覧いただく必要がありますが、いまの社会が「当たり前」とするところをもう一度見直すという哲学的な観点がここでも重要になってきます。

 

そして見直してみると、実際にいまの社会のカラクリというか、よくわからないまま過ごしてきたことの意味がはっきりと理解できるようになるのです。

さしあたり一言でいえば、ロックの構想する社会では「私的所有権」を絶対化するところから始まっているということになるかと思います。

ルソー――一般意志を自分の意志とせよ!

—— 次に、ルソーについてはいかがですか?

ロックもルソーも、共にいま生きている社会の原型を与えた思想家ですから、あまり意識されていないかもしれないのですが、ルソーはロックを完全に敵認定して、ロックとはまったく異なる社会を構想しました。

実際、ルソーの社会契約論は、ロックが絶対視した私的所有権こそが社会の悪だ、というところから出発しています。

世の中の不平等は、土地に柵を立てて「ここからはオレの土地だから入ってくんな」と人が言い始めたときから始まったとルソーはいいます。「土地の囲い込み」は、実際に資本主義の初期に行われたことでしたが、ロックはそれを私的所有権を基礎に積極的に擁護していたのでした。

ルソーの標的がロックにあることは明白です。ルソーはロックが思い描いたものとは異なる「別な近代社会」を作ろうとしたのでした。