夫はなぜ妻への「腎臓提供」を決めたのか、その恐怖と本心

38歳で臓器移植をした夫婦の物語
徳 瑠里香 プロフィール

「僕の腎臓をあげる」

がんばりすぎて心身に負荷をかけないように。はるかさんがどれだけ努めても、腎機能の低下は止められない。徐々に、着実に、身体は疲れやすくなり、むくみやすくなり、定期的な検査でも、腎機能の数値は下降線を描いた。

そして、36歳の頃、主治医に「あなたの腎臓は、東京オリンピックまでもたないでしょう」と告げられた。ついに、末期腎不全になってしまったのだ。

「いよいよ私にも"Xデー"が来たか、と。覚悟はしていたので、驚きはしなかった」

人工透析か腎臓移植をしなければ、生きることができなくなってしまう。はるかさんは数年以内に、どちらかを選択し、適切な処置を受けなければならなかった。

とはいえ、腎臓移植は健康な腎臓を提供してくれるドナーがいないと選択できない。

15年待ちとも言われる脳死者・心肺停止者からの臓器提供は現実的ではない。

ドナーとして、父が真っ先に手を挙げてくれたが、糖尿病の気があるため、詳しい検査をするまでもなく、NG。

続いて申し出てくれた姉は、アメリカで子育て中。海を越えて検査に通うのは、時間的にも経済的にも、姉だけでなく、家族にも負担をかけることになってしまう。

そんななか、夫であるたくまさんが「僕の腎臓をあげるよ」とあっさり申し出てくれた。

 

はるかさんは夫の申し出を受け入れていいものか迷いに迷った。ふたつあるものをひとつ取り除くドナーには、身体的にも精神的にも、今後の生活においても、大きな負担がかかるのではないか。はるかさんが回復へ向かうのと同時に、夫のたくまさんはその逆へ向かう可能性だってある。

それでもはるかさんは、一度はあきらめかけた、ある夢を摑みにいくために選択をした。

それは、たくまさんとの子どもを授かること。腎不全であるはるかさんの今の身体では、子どもを望むことはできない。でも、たくまさんから腎臓をひとつ分けてもらい、回復に向かえば、妊娠・出産できる可能性は一気に高まる。子どもを産めるかもしれない。雲間から差し込む一筋の希望の光は、はるかさんの背中を押した。

一方、たくまさんは子どもを授かることよりも、はるかさんと一緒に過ごす未来に思いを馳せた。

人工透析を選択すれば、妻は一生、2日に1回、4時間ほど病院に拘束される。単純にふたりで一緒に過ごす時間が減ってしまう。少しでも多くの時間をはるかさんとともに過ごし、一緒に歳を重ねていきたい。その気持ちが、たくまさんを後押しした。