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夫はなぜ妻への「腎臓提供」を決めたのか、その恐怖と本心

38歳で臓器移植をした夫婦の物語
38歳で臓器移植をした夫婦の物語――。夫はなぜ妻に腎臓を提供することに決めたのか? それは本心だったのか? 夫の正直な思いを知るため妻が提案したこととは……新刊『それでも、母になる: 生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』(ポプラ社)より特別公開!

前回はこちら:「自分の命を失ってでも産みたかった」女性が子どもを堕した日
 

病気があっても、仕事をあきらめない

子どもを産むという希望が持てなくなったはるかさんは、仕事に生きることを決意。

編集ライター養成講座に通いスキルを身につけ、30歳になる頃、フリーランスのライターとして新しいスタートを切った。暇になると余計なことを考えてしまうから、とにかくがむしゃらに忙しく働いた。

でも、がんばればがんばるほど、身体に負荷がかかり、腎機能はじわじわと低下していく。

「私は仕事をがんばることさえ、許されないのかと悔しかった。ずっと『(腎機能が悪化するから)疲れないようにしなさい』と周りから言われ続けてきて、がんばることに罪悪感があった。やっぱり私は、保守的な人生を送らないといけないのかって」

それでもがんばることをやめなかったはるかさんをたくまさんは心配しながらも、応援した。

いつしか子どもを失った哀しみも少しずつ癒え、「夫婦ふたりが楽しいね」を合言葉に、はるかさんはたくまさんとの日々を重ねた。

平日はそれぞれ仕事に打ち込み、週末は決まって一緒に過ごす。疲れやすくむくみやすいはるかさんの身体をたくまさんは毎日3時間ほどマッサージをする。旅行に出かけたり、映画を観に行ったり。出かける時はいつだって手をつないで歩く。

はるかさんは仕事においても経験を積み、少しだけ肩の力を抜くことを覚え、自分のペースで「がんばる」ことができるようになった。もちろんいまだに、集中しすぎて無理してしまうこともあるけれど。

私はこの頃のはるかさんと仕事仲間として、出会っている。ライターとして、同じプロジェクトに取り組んだ。はるかさんの第一印象は、明るくて、活発。仲良くなった今もそれは変わらない。

私は出会った当初、はるかさんが腎臓病を患っていることを知らなかったし、全く気づかなかった。はるかさんは仕事をテキパキと丁寧にこなし、余裕のないスケジュールにも対応し、弱音を吐くこともなかった。

「病気があっても、仕事だけは手放すもんかと思っていた」

一緒に仕事をした者として、病気はなんの足あし枷かせにもなっていないように感じていた。でも、その裏側では、「仕事において、病気を言い訳にしない」というはるかさんの強い覚悟とたゆまぬ努力があったのだと今は思う。