田中美津という女性をご存知だろうか。1970年代のウーマン・リブを牽引した伝説の女性であり、上野千鶴子さんをして「フェミニズムの原点、時代をあらわす固有名詞」と言わしめた人だ映像作家の吉峯美和さんは、その田中美津さんに4年間密着したドキュメンタリー映画『この星は、私の星じゃない』(2019年10月公開)を完成させた。70年代を席巻した彼女に、当時3歳だった吉峯さんがなぜひかれたのか。そしてウーマン・リブとは何なのか。4年追い続けたその理由を語ってもらった。

ウーマン・リブって何?

1970年代、日本の女性たちに大きな影響を与え、社会現象にまでなったウーマン・リブ運動。私はウーマン・リブという単語を聞いたことがあるぐらいで、中身については全く知らなかった。2015年に、戦後70年の女性史をたどるテレビ番組を担当することになって、初めて現代史の勉強をしたような自分が、当時リブのカリスマと呼ばれた「田中美津」の映画を自主製作することになるなんて……運命とは本当に分からないものである。

国会図書館で昔の雑誌記事の検索をかけてみると、「ウーマン・リブ」で出てくる圧倒的多数が「中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)」である。ピンク色のヘルメットにサングラスの女たちがDV夫や不倫男の職場にデモをかける派手なパフォーマンスで、当時マスコミを頻繁に騒がせた。「リブってあのピンクヘルメットのすごいやつだよね」といまだに強烈な印象を覚えている人も多い。

しかしNHKのアーカイブスで発掘した、「ウーマン・リブ誕生」といわれる歴史的なデモの映像(1970年10月21日)には、ピンクヘルメットの集団などなかった。田中美津さんが代表をつとめた「ぐるーぷ闘うおんな」の呼びかけで銀座に集まった200人もの女性たちは、大学生やOL、主婦たちだったと言う。あの時、「普通の女たち」を突き動かしたものは何だったのか?

女は「母」か「便所」?

上野千鶴子さんの文章「リブの肉声」から引用する。

日本のリブが、輸入品でも借り物でもない、田中美津という肉声をもったことは、歴史の幸運だったと思う。1960年代、世界同時多発的に起きた学生運動の灰のなかから、ウーマン・リブが産声を挙げた……この日、女だけのデモのなかで田中美津が一晩で書いた「便所からの解放」というビラが撒かれた。これが日本のリブのマニフェストとなった。(映画『この星は私の星じゃない』パンフレットより)

そして、以下がその「便所からの解放」の一説。

男にとって女とは母性のやさしさ=母か、性欲処理機=便所か、という二つのイメージに分かれる存在としてある
男の母か、便所かという意識は、現実には結婚の対象か遊びの対象か、という風に表われる……遊びの対象に見られようと、結婚の対象に見られ選ばれようと、その根は一つなのだ。

(新版『いのちの女たちへ とり乱しウーマン・リブ論』パンドラ刊より)

今、読んでも十分に過激で、しかし本質をついていると思った。番組ではぜひ「田中美津」にインタビューしなければならない!

これが当時の「便所からの解放」。『この星は、私の星じゃない』より(C)パンドラ+BEARSVILLE