経済格差が、子どもの「脳の発達」に影響を与えるという厳しい現実

是正のためには何ができるか
森口 佑介 プロフィール

なぜそれぞれのスキルごとに発達の差が出るのか。この点を考える上で重要なのが、認知的スキル/非認知スキルという区別の視点ではなく、「子どもの脳発達」という視点である。

脳と心の間に対応関係があることは、ここ数十年の神経科学が示してきた成果である。大雑把にいうと、視覚認知は「後頭葉」の一部が、空間認知は「頭頂葉」の一部が、記憶力は「側頭葉」の一部が関連する。そして、実行機能に関連するのは「前頭前野」である。

経済格差が実行機能を直撃する理由は、この前頭前野にある。動物実験などから、前頭前野の発達はストレスに対して極めて弱いことが示されている。生まれる前に母親が強いストレスを与えられたラットや、生まれてから強いストレスを与えられたラットは、前頭前野の発達が正常でない。

ストレスにも様々な種類があるが、ヒトの場合は、精神的なストレスを受けることが多いだろう。とりわけ貧困の家庭においては、そうではない家庭と比べて、子どもは生後半年頃から慢性的な精神的ストレスを抱えやすいことが知られている。虐待やネグレクトはもちろんのこと、夫婦喧嘩や、子どもに体罰を与えることも、子どもにとっては強いストレスになる。

 

前頭前野の働きに違いが…

だが、ヒトの子どもの脳を直接調べる研究は十分に進んでいなかった。そこで筆者らは、3歳から6歳の幼児を対象に、経済格差が前頭前野の発達に及ぼす影響を調べた。これが冒頭に述べた研究である。

具体的には、3歳から6歳の幼児に上記の実行機能のカードを使ったテストをやってもらい、その際の脳活動を近赤外分光法という手法で計測した。この手法は、脳活動に伴う脳内の酸化ヘモグロビン(酸素と結合したヘモグロビン)と脱酸化ヘモグロビン(酸素と結合していないヘモグロビン)の変化量を計測することで、脳の働きを推定することができる。

さらに経済協力開発機構(OECD)の指標に基づき、子どもを低所得家庭と中・高所得家庭とに分類し、子どもの前頭前野の働きに家庭間で違いがみられるかを調べた。

その結果、低所得家庭の子どもは、実行機能のテスト中に前頭前野を活動させていなかったのに対して、中・高所得家庭では前頭前野の活動が認められた。つまり、前頭前野の発達に経済格差が影響していることが明らかになったのである。

これらの結果は、経済格差が子どもの脳発達に重要な影響を与えることを示している。しかも、その影響は就学前という早い時期から既にみられるようだ。