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「あきらめない医療」漢方の魅力、その目でとくとご覧じよ

病気ではなく、ひとを診る。それが漢方

時代に合わせ変化する、日本の漢方

「古臭い」「時代遅れ」「怪しい」──。あまりポジティブな印象を持たれにくい漢方ですが、その起源は、漢代に中国で体系化された伝統医療から始まります。

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紀元前後には『黄帝内経(こうていだいけい)』『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』が、後漢終わりには『傷寒論(しょうかんろん)』という書物が書かれました。漢代から起こった医療が、いつ、わが国に伝来したのか。

『日本書紀』によれば、西暦414年に新羅から来日した薬師が允恭天皇(いんぎょうてんのう)の病気を全癒させた、という記録が残っています。初期は渡来人により、遣隋使が始まると直接中国本土から医療がもたらされたと考えられます。原料となる生薬も中国からの輸入に頼っていたものが、国内生薬によるアレンジが始まり、徐々に日本化が進んでいきました。

お腹の診察(腹診)は、室町時代から戦国時代にかけて生まれた「按腹(あんぷく)」をもとに、江戸時代に確立した日本独自のものです。その他、薬の使い方についても日本特有の適応症状を発見し、中国、韓国の伝統医学とは異なるものへと形を変え、今日に至っています(そもそも「漢方」という言葉自体、江戸時代にオランダ医学=「蘭方」が入ってきたときに生み出されたわが国の造語であり、Kampo medicineと言えば日本の伝統医学を指しているのです)。

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昭和の漢方の泰斗、大塚敬節(おおつか・けいせつ)は「時代に合わせて変化し続けてこそ伝統」という言葉を残しています。その意味では、一言に「漢方」といっても時代によってかなり考え方、処方の仕方が異なります。

医療用漢方製剤148種類のうち、もっとも古い処方は1800年前の創方ですが、いちばん新しいものは、1952年に大塚敬節が眼底出血した際に自分の目の治療のために創った「七物降下湯(しちもつこうかとう)」となり、実に1700年以上の開きがあります。